ブリッジズ第二次遠征隊として、出発地点のキャピタル・ノットシティから、南西にあるK2西配送センターまでやってきたサム。その直前に BT 探知機として連れてきた BB-28が自家中毒を起こしてしまい、前回はプライベート・ルームで彼女を治す方法をデッドマンから教わっていました。

BB-28の回復を確認して、デッドマンとも通信が切れたあと、サムはやることがないからか、すぐにベッドに横になって寝てしまいました。それからしばらくして、アメリの声で『ロンドン橋落ちた』の歌が聞こえてきます。

小説『デス・ストランディング』のこのシーンのサムは、ベッドに腰かけたまま気がついたら寝ていた状況で、ハートマンから聞いた検査やデス・ストランディングの情報を思い返すうちに、悪夢を見そうな気配を感じたらしく、息苦しさからアメリのドリーム・キャッチャーを無意識に握りしめていました。

それはわたしがあげたもの。それは悪夢をいい夢にかえてくれる魔除けなの。

小説『デス・ストランディング(上)』

小説でこのドリーム・キャッチャーは「悪夢をいい夢にかえてくれる」と、おそらくアメリの言葉によって語られているので、能力者が持つと絶滅夢を避けることができる仕掛けのアイテムなんだろうという推測を以前にしたことがありました。本人は「こいつにどれくらいの効果があるのか、わからない」と言っているものの、いいオッサンになった今も手放せないところを見ると、プラセボでも心理的な効果があるのは間違いないでしょう。一種のブランケット症候群だと思います。

気になったのは、ここのサムの悪夢のイメージですが、「毒蜘蛛が自らの網に囚われて、自らの毒に殺される」と語っているところです。ブリッジズのマークにも巣があしらわれているクモは、以前にブリジット・ストランド前大統領が女郎蜘蛛に例えられていたことから、組織の中枢にいる人物が例えられるイメージが強かったんですが、この第二次遠征隊になった時点で、サムも自らがそのクモになったと感じているようです。これはブリッジズに加担していることが影響しているんでしょうか?

毒で自分を殺すと言えば、前回見たブリッジ・ベイビーの自家中毒にもなにか関係がありそうです。だとすれば、サムに残されている元ブリッジ・ベイビーの性質が、第二次遠征隊になったことでよみがえってきたと解釈することもできるかもしれません。カイラルネットワークはブリッジ・ベイビーを人柱にして成り立っているという話がのちに聞けるんですが、ブリッジ・ベイビーは女郎蜘蛛が張った巣の糸であり、それ自体が女郎蜘蛛に変わって巣も張り、毒も分泌する小さな毒蜘蛛でもあったのかもしれません。だとすれば、前回のブリッジ・ベイビーの脳死母はブリッジ・ベイビーになったときに絶滅体のアメリとすり替わっている説が、意外と有効かもしれません。脳死母の重要性が下がって、アメリが何とでもデータを調整できるのなら、デッドマンをだますこともできるので、BB-28がルイーズ説もありえなくはなさそうです。

アメリのドレスのリボン

爆睡するサムにこっそり忍び寄るお茶目なアメリの姿は、左の腰にぶら下がるワンピースドレスの腰紐から見えてきます。左側にある縄(ストランド)は、安部公房の著書『なわ』の考察からすると、仏教では欲に溺れる人間を引き上げたり、人を惑わす恐ろしい魔物を縛りあげたりするために不動明王が使う羂索のイメージにピッタリ当てはまるため、このシーンのアメリは衆生救済のために登場していると考えられます。でも、寝起きの暗がりにいきなり全身真っ赤な女が立っていたらホラー以外のなにものでもないので、やめてほしいですね。

「サム」と呼びかけたアメリは、「私が見える?」と尋ねています。小説によると、アメリの姿をホログラムで表示するローカル・データは、サムより先に北米大陸を横断した第一次遠征隊が、指示を出すアメリの姿を見られるようにするため、また道中の希望の星としてアメリの姿を拝むために一緒に持ち運ばれ、各拠点にもコピーが残されていったそうです。このシーンでアメリの姿がサムの目に映るのも、そのデータが使われているからで、アメリが質問したのは、ホログラム用のデータがちゃんと機能しているかどうかだったようですね。

サムは来るだけでいい

アメリが言う「カイラル通信がここまで繋がってくれたら、東に戻れるわ」という言葉は、普通の感覚で聞いていると、物理的な面で「なんで?」ってなりますよね。「アメリの身体はビーチにある」と久しぶりに大統領執務室で再会したときに説明されていたので、カイラルネットワークのようなゼロ時間大容量通信があれば、アメリの体も東に戻せるみたいなイメージでいいんでしょうか。

最後のトドメのように「あなたさえ来てくれたら、戻れるの」と上目遣いで訴えるアメリからは、気が散りがちな子供に、「とりあえずそれだけやってくれ!」と目の前の作業に集中するように訴える母親の必死さを感じます。サムも思わず、戸惑いながら顔を縦に振ります。

アメリカを再建しないと人類が絶滅してしまうと訴えるアメリに、サムはアメリカを再建しても BT がいるならどうせ絶滅すると正論をぶつけます。サムはブリジットやダイハードマンに対してもこの態度を貫いていたので、どうしても譲れない考えのようです。前回も書きましたが、サムが第二次遠征隊の仕事をするのは、アメリを救って、自分を養家のしがらみから解放するため、そして BB-28の廃棄を回避するためです。アメリカ再建については、絶望的なので意味がないというスタンスのようですね。

サムに手を伸ばすアメリ

「いいえ、まだ希望はある」と言って、アメリはサムに手を伸ばしますが、サムはその手を拒むように体を後ろにひいてこわばらせました。アメリは前回も接触恐怖症のことを忘れて、サムに手を伸ばしたあとにけっきょくその手を引っ込めることになっていました。サムを大事に思っているなら、いい加減、覚えたらどうかと私は思ったんですが、古代エジプトの死生観を調べたあとだと、おそらく意味があるんだろうなと思えるようになりました。

古代エジプトでは、太陽神ラーが生者の世界を、冥界の王オシリスが死者の世界を司っていて、太陽神は実際の太陽のように毎日東から西へ移動しては、西の地平線の下で死者の世界に沈んで、オシリスと会っていました。相反する性質のエネルギーが接触すると、新たなエネルギーが生まれるという考えは、古今東西見られるものです。例えば、北欧神話でも氷の国のニブルヘイムと灼熱の国のムスペルヘイムの冷気と熱気がぶつかり合うことで、原初の巨人ユミルが生まれ、その血筋にのちに北欧神話の主神になるオーディンも誕生しています。ラーとオシリスも、ラーが毎日動いてオシリスの野に下ることでお互いのエネルギーを満たし合っていました。

『デス・ストランディング』の世界に当てはめれば、けっして死ぬことができない帰還者のサムは圧倒的な生者の性質を持っています。対して、ビーチに存在する絶滅体のアメリは死者の国を代表する魂であり、両者は生者と死者、つまりラーとオシリスを象徴するキャラクターだと考えられます。サムとアメリが触れあうことは、お互いのエネルギーを満たし、お互いの世界の均衡を保つための行動なんでしょう。しかしサムが接触恐怖症になってしまったために、今はアメリの試みも空振りに終わっています。だからこそこのシーンは、アメリが「希望はある」と言ったタイミングで、接触を拒まれるこの流れになるんでしょう。

待っているアメリ

諦めたアメリは「待ってるわ」と訴えかけます。オシリスは死者が眠る西の砂漠の地平線の下にいて、動くことができません。動けるのは太陽と同じように東から西へ、そしてその先のオシリスが待つアアルの野を通ってふたたび東に戻る太陽神だけです。だからアメリは、あれだけヒッグスを介して北米大陸に干渉していながら、サムだけを一途に待ち続けているんでしょう。それがこの生者の北米大陸と、死者のビーチのバランスを保つ、本来の方法だからじゃないでしょうか。たぶん、サムの前はブリジットがアメリに対する生者の役割を果たしていて、大統領が亡くなる前に「もう時間がない」「アメリを助けて。あなたが必要なの」と言っていたのは、自分が死ぬことで生と死のバランスが崩れることを意味していたのかもしれません。

わたしとなら手をつなげるの?

小説『デス・ストランディング(上)』

以上が私の考察なんですが、小説ではこのシーンの流れがちょっと違います。アメリの姿を見つけたサムは、握りしめていたドリーム・キャッチャーを放りだして、真っ先にアメリに手を伸ばしています。サムのほうから接触を試みているんですね。しかし、アメリはしょせんホログラムなので、伸ばした手は虚像をすり抜けて、実体を掴むことができません。ゲームのシーンでは、西にいるオシリスがラーを必死で呼び寄せている印象がありますが、小説では、西で待つオシリスをラーがきちんと追いかける構図になっています。

サムに戻ってきてほしいアメリ

ここで気になるのは、ゲーム内でもビーチにいるアメリに対しては、サムの接触恐怖症が治まっているように見えるところです。これはアメリに体がない点や、サムが死者とならつながれることを暗示しているだけでしょうか?

小説のサムは、アメリに「私を助けて」と言われたあと、悪夢を見ています。ブリジット・ストランド前大統領が死んだ場面で、ダイハードマンと同じ仮面を着けたブリッジズの面々に、遅すぎると責められ、逃げ出そうとした先に、同じ仮面を着けたアメリを見つけて絶叫で目を覚ましています。その悪夢の描写の合間に「また逃げるの?」や「あなたを待っている」といったアメリの言葉と思しきセリフが挿入されているので、サムの心の片隅に芽生えた罪悪感の表れか、あるいはアメリがサムの夢に干渉してきた結果かもしれません。

イゴール

さて、このアメリの寝起きドッキリはここで終わりなんですが、小説ではそのあとに、ゲームにはないイゴール先輩とその兄、ヴィクトールさんの幼少期の回想シーンが入ります。ヴィクトールさんは第一次遠征隊としておよそ3年前に、アメリの指揮のもと西へ出発し、サムが目下の小目標としている東部エリア最西端のポート・ノットシティで隊を離れ、担当者として残りました。

以前にイゴール先輩が初登場したときにも書きましたが、彼はサムの前に第二次遠征隊に選ばれていたり、BB-28のもとの持ち主であったり、サムより先に死体処理班のスーツを着て焼却所に死体を運ぶ仕事をこなしていたりと、なにかとサムと類似する特徴を、しかもサムに先行する形で示していて、サムを導く影となる人物だったんじゃないかと推測していました。

イゴール先輩がデス・ストランディングに巻き込まれたのは、ヴィクトールさんが6歳のとき、先輩が4歳のときです。二人の両親はデス・ストランディングの災害に際して精神がもたず、父は酒を浴びるようにして浴室で首つり自殺、それを見た母は、夫の体にガソリンをまいて、自分の体ごと燃やして焼身自殺しました。イゴール先輩は父親の遺体の第一発見者で、兄弟は母と父の体が炎に焼かれる異臭を忘れられないまま、東海岸に行けばなんとかなるというウワサを信じて子供二人だけで移動していました。終始不安を感じていた二人は、移動中は手にお守りのように宇宙飛行士の「ルーデンス」のフィギュアを握りしめていて、イゴール先輩のフィギュアは BB-28のポッドから、サムの手に渡った今でもぶら下がっています。

けっきょく二人は途中の教会で、救助活動をおこなっていたフェデラル・エクスプレスの配達人に救助されています。それ以来、兄弟はアメリカをよみがえらせるために尽力し、ブリッジズに所属してからも兄は第一次遠征隊、弟は死体処理班をしながら第二次遠征隊に志願して活動を続けていました。

フェデラル・エクスプレスは、たぶん米最大手の運送サービス FedEx の前の商号をモチーフにしているんでしょうね。“Federal”には「連邦政府の」みたいな意味もあるので、もしかしたら『デス・ストランディング』の世界には、日本の昔の郵政省みたいに、政府の公的機関として輸送サービスがかつてあって、それがブリッジズの前身になった可能性もあるかもしれません。だとすると、保護された二人がそのままブリッジズに所属することになったのも自然と考えられます。

この兄弟の物語は、イゴール先輩がやけにサムとつながる点から、たぶん、ストーリー全体の構成を考えたときの考察材料になる気がします。今後のためにここに書き出しておきます。

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