イゴール THE 燃料
爆発準備に入ります。
前回、無事にお荷物のお届けを初めて完了したサム。その場を立ち去ろうとしたサムに、すぐにご指名で特殊任務の依頼が入ります。それは焼却処理すべき遺体の運搬でした。
今回その任務で出会うのは、道中の雨宿り中に遭遇した BT に、実際に人間が捕まるとどうなるのかを、己の体でこれから実演してくれるイゴール・フランク先輩です。やっとサムの操作練習が始まったばかりですが、ここらへんからもう一度、プレイヤーに世界観を魅せるためのムービー尽くしの流れに戻ります。
小説版『デス・ストランディング』では、ここからの一連のシーンが主人公のサムではなく、イゴール視点で描かれています。文字で描かれるとその人物がどういう心理で、あるいはどういう意図でゲーム内の言動に至ったのかとかがわかりやすくなることが多く、視点を変えて同じシーンを振り返れるのでおもしろいです。
小説によると、イゴールは遺体発見からすぐに責任者のデッドマンからお呼びがかかり、遺体処理の任務を依頼されていたらしく、駆け足で準備を終えてサムの前に現れていたのでした。すごいプロ根性ですね。私だとすでにこの時点でゲンナリしていそうです。物語の後半になると、上からサムの後方支援を指示されて、危険地帯へ独り赴くことになったアーロン・ヒルという人物が、そのことについて絵文字たっぷりのメールで「無茶ぶり!」と表現することがあるんですが、イゴールもサムとメール友達になっていたら、おっさん相手に絵文字たっぷりのかわいい文面で「もうっ!デッドマンったら無茶ぶり~!(ぷんぷん)」と愚痴ってくれそうです。
イゴールが乗ってきた電動トラックです。この世界のトラックは画像のように脚部がびよ~んと伸びるのですが、この姿を見たときの私の第一印象は「火星人」でした。重心が高くなって不安定になるし、最初はなんでこんな機能があるのかなと疑問に感じていましたが、のちほど実際にサムがほかのトラックを運転したときにわかった話、おそらく川や水辺を渡るときに本体が水に漬からないようにするためなんでしょうね。でも、このときのトラックがなぜ火星人状態なのかはナゾです。ドライバーさん、上からサムを見つけたかったのかな。
ちょっと話が脱線しますが、オープニングムービーはもうとうに終わっているはずのこのシーンに入っても、まだスタッフのクレジット表示が続いています。ここのプロダクションは今回苦労が多かったでしょうから、スタッフのかたの名前が丁寧に表示されるのはむしろ喜ばしいことなんですが、正直だんだん「また Hideo Kojima かよ!」というツッコミが心のなかに生じるようになりました。もちろんそれだけこのゲーム製作において、さまざまな肩書きを持つにふさわしい中心人物だったということですが、小島監督の名前が何度も何度も表示されるので、私の頭のなかに「いつから Hideo Kojima が一人だと錯覚していた?」というフレーズが現れ始めていました。一人何役してますのん。
トラックから降りてきて簡単に挨拶を済ませる死体処理班のイゴール先輩。ついでに簡単にサムの接触恐怖症について再度取り上げられ、握手を拒む態度で人と触れることに強い抵抗があることが印象付けられています。サムがこうした特徴を持つに至った背景はのちのち詳しく説明されるので、そのときに情報をあらためてまとめます。
制服の肩にデカデカと書かれている CDT はなにかと思ったら、おそらく英語そのまんまの“Corpse Disposal Team”の略ですね。米国の時間を調べるときによく見る字面だったので、なんでこの人たち自分たちの生活時間帯をこんなにも主張しているんだろうとちょっとだけぼんやり考えてしまいました。うっかりうっかり。
サムが挨拶を返しもせずに質問を投げかけてきたので、イゴールはトラックの荷台に彼を誘導します。そこには今回のお届け荷物である遺体が詰まった収納袋がありました。小説版の表現や英語の表記を見るに、どうやら亡くなったのは成人男性で間違いないようです。サムが遺体を調べ始めると、小説のイゴールは心のなかで「死体に触れることはできても、生きた人間と握手はできないのか」とツッコんでいます。たぶんこれもサムの生い立ちの秘密に関わる重要な情報になるんでしょう。
イゴールの心の声で逐一説明が入る小説版と違って、ゲームはいきなりなんの説明もなく専門用語を交えた二人の会話が始まるので、この時点だとわかりにくいんですが、このゲームの世界は死と限りなく近くなっていて、一部の常識が通用しないほど超常現象が起こるようになっています。この世界の人間は死ぬと、体から離れた魂が己の肉体を求めてその場をさまようようになります。肉体を速やかに、おおよそ48時間以内を目安に焼却処分して、帰る肉体がもうないことを魂に知らせてやらないと、永遠にその場を魂だけがただようネクローシスという現象を起こします。そうやって生まれるのが BT です。ネクローシスを起こした魂は自分の肉体どころか、今度は生者に吸い寄せられていきます。BT は体内に反物質を持っているので、捕らえた生者と接触すると対消滅(ヴォイド・アウト)を起こし、周辺一帯が吹き飛ぶ大爆発が起こります。こうやってジワジワと北米大陸は無に還っていきます。
今回の遺体は通常とは異なる孤独な自殺をしていて、発見時にはほぼ40時間が経過し、準備を終えたイゴールたちにサムが合流するころには40時間はおそらく超えているだろうという頃合いだったようです。ちなみに誰にも見つからず独りで亡くなった遺体が爆弾よろしく周りを吹き飛ばすというのは、サムの奥さんの死を彷彿させるものでもあります。サムが黙って今回の依頼を引き受けたのも、もしかしたら罪滅ぼしのような心理が働いたせいかもしれません。
デス・ストランディングが起きているこの世界では、みんな寂しさを覚えながらも、かといって安易に他人と触れあうことにも抵抗がある矛盾した心理状況で生きなければならなくなっていて、人が触れあうことで分泌されるオキシトシンも体外から薬として摂取して対応しているようです。そんなわけでこの世界の自殺は一見めずらしくなさそうですが、すぐにはだれも発見できないとわかっている状況で自殺を図る行動は、まわりの多くの人も巻き込むとわかった上での自爆テロに等しい行為になります。この世界では自殺に追い込まれた人間も周りを気遣うエチケットが必要なようです。
サムが配達ルートを訊ねると、イゴール先輩が右手首のガジェットから、ルートが示された地図のホログラムを出してくれます。初回はさっぱりわかりませんでしたが、この地図を見るに、今回の目的地はのちほどサムも別件で行くことになる焼却所と同じようです。サムは北側から回り込んでいましたが、今回は南から北上する感じですね。セントラル・ノットシティは現実で言うとフロリダ半島あたりにあるんでしょうか? ……ハッ! もしや某ネズミーランド跡地を開拓したノットシティだったりして……(そして頭のなかに流れるエレクトリカルパレード)。
サムが指摘するとおり、素直にこのルートを北上するとすでに BT がわんさといる座礁地帯を通ることになるようです。そのことはイゴールも承知で、それでも今回はいつものように迂回している時間の余裕がなく、だからこそドライバーはすでに汗をかきっぱなしで、イゴールは特殊な能力を持つ DOOMS のサムに加え、自身も特殊な装備を担いでやってきました。
座礁地帯を通るくらいならここで燃やしたほうが安全だぞと言うサムですが、燃やすとカイラリウムが発生する設定らしいです。そのため、焼却所はだいたい人里離れた山間に造られています。カイラリウムは以前の記事でも紹介したこのゲーム独自の物質で、あの世の入り口であるビーチからやってくる死の物質です。生きた人間は長くこの物質にさらされると中毒やアレルギー反応を起こしますが、技術面では超高速通信などの夢のような先進テクノロジーに欠かせない存在にもなっています。小説では、遺体から発散されたカイラリウムがその場にしばらくとどまって、その一帯が使用できなくなり、数少ない外部の都市と交流するセントラル・ノットシティの機能にも影響が出てしまうとイゴールが指摘しています。
遺体のネクローシス具合を確認するサムは、ゲームでは手をかざすだけですが、小説では手袋を外して遺体収納袋を触り、雨宿り中と同じように蕁麻疹のような皮膚症状を起こしている様子が描かれています。ゲームでベルトが少し動くのは、BT の周辺ではこれまで当たり前だった物理法則が通用しなくなるという話から、遺体の周りで重力が働かなくなっていることを示す描写だと思います。小説のほうが見た目にわかりやすいと思うんですけど、描写が違うのは制作の手間の関係ですかね?
いずれにせよ八方塞がりな苦境で、なんとか任務を無事にこなさなければならないという使命感に駆り立てられているイゴール先輩は、プロ根性でサムを説得して予定どおり焼却所へ向かおうとします。
めっちゃ鼻から空気ぶっふぁ~している最中のスクリーンショットになってしまいましたが、BT は感じても見えるわけではないと話すサムに、先輩はとっておきの秘密兵器を披露します。このゲームの物語の根幹をなす BB(ブリッジ・ベイビー)の登場です。小説ではデッドマンから任務を依頼された際に、イゴールがプライベート・ルームの壁にかけられた BB を指さして、この装備を持って行ったほうがいいかと確認し、肯定されたことで今回の任務の危険度を再認識する流れがあります。
BB についてはオドラデクの説明で少し触れたんですが、脳死状態の母親の胎内から取り出された赤ちゃんを、BT を視認できる装備として活用したものです。その原理は利用している組織の人間ですら解明できないナゾに包まれています。ポッドに入った胎児は母親から物理的に離されてはいるものの、擬似的に母親の胎内にまだいる錯覚を起こしていて、糸を引っ張って糸巻きを見つけ出すように、へその緒をたぐり寄せて死者である母親を探そうとするのだと思います。BT は BB にとって、母親を探す際に視界に入る、ついでの似た存在みたいなものなんじゃないでしょうか。
イゴールが持っているこの BB には28というナンバリングがついていて、ブリッジ・ベイビーが一人や二人だけでなく、何人もいることの示唆になっています。ちなみに28は AKIRA や『鉄人28号』のオマージュであって、具体的に物語の重要ななにかにつながる深い意味はないのかもしれません。物語の後半に、ロンドン橋の人柱になぞらえて、ブリッジズが北米大陸をつなぎ直す際の拠り所にしているシステムは、ブリッジ・ベイビーを人柱にして成り立っているらしいという話が聞けます。母親とつながりたいという、もっとも強く、もっとも根源的で、もっとも安定している赤ちゃんの本能を利用して、ブリッジズのシステムは成り立っていました。BB-28はたまたま施設に使われず、メンバーの装備用に配備されたということのようです。
BB を装備するということは、死の世界にいる母親を探す赤子を介して、自分自身も死の世界をのぞき込むということです。小説では「尾てい骨から頭頂部まで、熱の塊が走り抜ける」と表現されていますが、BB を装備するときもカイラル・アレルギーのような反応を起こすようです。イゴールさんも泣いています。
この涙するイゴールさんの画像をよく見ると、口髭だけに白髪が交ざり始めていることがわかります。おそらくフードを被っても顔の下半分に時雨が当たることが多くて、あごの部分の老化が進んでいるんだと思います。それでなくてもイゴールさんは、都市の外で仕事をするうちに兄より老けて見えるようになったと自分で話しています。このフード、サムのオープニングムービーでも書きましたが、もうちょっと設計を、というか、もっといい時雨対策の装備を考えてあげたほうがよかったんじゃないでしょうか。
小説では BB との接続によってまだ五感がおかしくなった状態のイゴールさんが耳の奥で赤子の笑い声を聞いたような気がしたと語っています。目を開けるとサムがギョッとした顔で胸元のポッドを見ていたと書かれているので、ゲームのムービーで BB がポッドに頭突きした瞬間と一致すると思います。つまり、BB はサムを視認して笑っていた可能性があります。
盛大なネタバレですが、サムはこの世界で初めて製造された BB です。BB-28は、ポッドから取り出されて一人の人間として成長し、今目の前で生きているサムを見て、仲間を見つけたような気持ちになったのかもしれません。というのも、彼女はこれからしばらく何度も廃棄待ったなしの「故障している」という評価を受けます。BB が当然の機能である BT の視認可を実現できないのは、どういった理由かはさておき、死者である母親を探す能力や意図がすでにないことを意味しているような気がします。彼女はもう死んだ母親に興味がない赤ちゃんなのかもしれません。それはある意味、この世界では生の世界で生きようとする力が強いたくましい子でもあるとも言えそうです。言い換えれば白状な娘だし、死んだ遺伝上の母親にこだわるより、実際問題、自分を世話してくれる生者を探すほうがいいという切り替えがうまいというか、ちゃっかりしている女の子なのかもしれません。まあ、母親にすがりたくても込み入った機能上の障害が発生していて無理だった可能性もありますが、デッドマンの名誉にかけて、本人の意志も働いていたということにしましょう。
BB は重要な存在なので、これから物語の終わりまでどんどん新しい情報が出てきますが、私が気になっているのはむしろイゴールのほうだったりします。イゴールの名前はあまり聞かないので調べてみたら、中欧や東欧に多いスラブ系が由来の名前らしいです。イゴールには、のちほど登場するヴィクトールという兄がいるんですが、ヴィクトールはラテン語由来の名前で、私のイメージはフランス人でした。どちらも R の音で終わって、カタカナにすると語尾が伸びる系でそろってるんですけど、文化背景的に見ていくとなんか不揃いな気がします。それぞれ名前になにか意味があるのかな? 音だけで言うと、英語の発音だとイゴールの音は“Ego(自我)”とちょっと似てるんですよね。
そう勘ぐってしまうのは、イゴールが明らかに特別なキャラクターだからでしょう。小説でも彼と兄のエピソードが追加されていて、単なる脇役と言い切るには背景がよく作り込まれたキャラクターになっていますし、彼にはサムとつながる特徴が多くそろっています。イゴールはもともと第二次遠征隊として西へ向かう予定で、上で述べた小説でもデッドマンに、第二次遠征隊として準備に入っていることもわかっているが、ほかに今回の遺体を運べる適任者がいないと謝罪を挟んだ上で任務を依頼されています。彼は言わばサムの前任者です。それだけでなく、この後サムが遺体を焼却所へ運ぶ任務をこなすあいだも、彼が設置した梯子などを目にするので、死体処理の仕事でもサムは彼のあとを行くことになります。
もうひとつつながるのは BB のポッドに付けられた宇宙飛行士ルーデンスのフィギュアです。イゴール先輩はデス・ストランディングを生き延びた年代で、普通だったころの北米大陸も知っています。その昔は宇宙に憧れていたそうで、そういった性質からか、第二次遠征隊として危険を顧みずに未知が広がる西側へ向かうことを夢見ていたといいます。ポッドにつけられた人形は、のちに BB を譲り受けたサムが彼の兄のヴィクトールと出会ったときに、すぐに弟の名前が話題にのぼるほどイゴールのトレードマークになっていました。この会話の流れから、このフィギュアは彼自身のものであることが決定的になります。
一方で、同じフィギュアはサムが BB と接続するようになってから垣間見えるクリフォード・アンガーの映像にも登場します。こちらではクリフォード・アンガーが我が子のために買ってきたものを自らの手で付けてやっているので、同じフィギュアでありながら、ポッドに装着される経緯が違うことがわかります。これはクリフォード・アンガーが BB-28 の関係者であるとプレイヤーに勘違いさせる仕掛けであり、よく考えれば両フィギュアが別物であるとわかるエンディングに向けた伏線なのだと思います。
サムは北米をつなぎ直したあと、もとのキャピタル・ノットシティへ戻ろうとするあいだにスーパーセルに巻き込まれてしばらく消息を絶ってしまいます。その後、ポート・ノットシティの近くで行き倒れていたサムを見つけて介抱したのはイゴールの兄のヴィクトールでした。イゴールはデス・ストランディング直後の混乱で酒浸りになって首つり自殺した父親の遺体の第一発見者であり、幼くして父親の死を間近で見ていると言えばサムも同じです。狂気じみた世界で同性の保護者の死を乗り越えざるを得なかったという広義で考えれば、ヒッグスもここに加えることができそうです。ヴィクトールとイゴール兄弟は、なにかを示唆する存在になっている気がします。
おっさん3人で死体担いでビーチまでドライブデートに続く
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