はじめましての BT とフラジャイル嬢
ボンドガールだょ!
配達中に雨に降られ、バイクの転倒事故を起こし、とりあえず目についた荷物を回収しながら道中見つけたほら穴で雨宿りすることにしたフリーランスの配達屋サムさん。今回はめずらしい帰還者を一目見ようといろいろなお客様がこのほら穴につめかけます。
ほら穴のなかで荷物を下ろして休憩モードに入るサムさん。のちほどきちんと説明がありますが、この世界の雨は「時雨(タイムフォール)」と呼ばれる特殊な気象現象で、雨粒が最初に触れたものの時間を急速に進める効果があります。オープニングムービーで雨粒が落ちたサムの頭髪がそこだけ白髪になっていたのもこのせいです。一度なにかに当たればその後は普通の雨水になるらしいので、少なくとも落ちてくる途中にぶつかっているであろう気体には作用しないようですね。対象は固体だけって認識でいいのかな?
ほら穴には雨宿りの先客がいました。おそらくオープニングムービーで相方が真っ逆さまに崖下に落ちていたシカ先輩です。先に崖を渡った先輩がここに逃げ込んでいた模様です。
スーツを脱ぎ始めてファンサービスを始めるサムことノーマン・リーダスさん。防水仕様のスーツだと蒸れるのかな? それにしてもアンダーウェアぐらい着といたほうがまだ快適なのでは……?
露出したサムの背中には、これまたのちほどちゃんと説明がありますが、帰還者の証しでもある無数の手形のアザがついています。このムービーは細かい説明をせずにとりあえず異様な光景をプレイヤーに先に見せて強烈な印象を残そうとする意図があるみたいですね。
上半身だけスーツを脱いだサムの懐から家族写真と思しきものがこぼれ落ちます。写真に写っているのは短髪のサムと女性二人。のちほどわかりますが、左端が当時妊娠していたサムの亡き妻で、真ん中がサムの育ての母親です。この写真、このあともしょっちゅうポロっているので、私だったら気付かず紛失してしまう自信があります。なんか持ち運び方を考えたほうがいいのでは……?
写真を拾おうとサムが手を伸ばすと、すぐに左端の妻の顔に雨粒が落ちてあっという間に色あせてしまいます。これ、写真を大切に持ち歩いている人間にとってはけっこうショックなことだと思いますが、伸ばした手にも雨粒が落ちて同じくあっという間にそこだけシワシワになり、それどころではなくなってしまいます。
サムの手にタトゥーが入っているので、なにか物語の示唆かと思ったんですが、どうやらこれはサムを演じたノーマン・リーダスさんがもとから手に入れているタトゥーみたいですね。なので、今回の Death Stranding の物語とはあまり関係がないはずです。
写真と自分の手に落ちた時雨を見て、サムはなにかに想いを馳せている様子です。むしろ考えずにはいられないものが頭に沸いて出て思考停止したみたいな感じでしょうか。ところで私も、「時雨」の日本語の読みをずっと「しぐれ」だと思っていたんですが、タイムフォールは「ときう」と読むのが正解らしいという話を聞いて思考停止したことがありました。
気を取り直して写真を拾おうとしたサムを蕁麻疹が襲います。勝手に蕁麻疹って言ってますけど、よくよく考えたらたんなるカイラル物質のアレルギー反応かもしれまんせんね。ゲームもグラフィック性能が上がったことで、ついにここまでリアルに表現できるようになりましたよ。一昔前なら赤いブツブツで終わっていましたが、ここまでリアルになると、皮膚に盛り上がりはあるかとか、赤い炎症の広がり方が云々とか、細かい特徴を追求して作らなくてはいけなそうで面倒くさそうです。
カイラル物質ものちほどちゃんと説明がありますが、この世界の三途の川的な存在であるビーチから流れてくる本作オリジナルの物質です。アレルギー反応や中毒症状を起こすものの、この世界では超高速通信の媒体や特殊な建造物の素材など、先進的なテクノロジーに欠かせない便利ななんでも物質になっています。空気中のカイラル物質の濃度が上がっているということは、流出元に近い、つまり死に近いことを意味していて、近くにゴースト系の敵がいたりする可能性が高いことを示しています。サムはおそらくこの時点ですでに BT がそばにいることをわかっています。
案の定出てくるのが BT の目印である手形です。BT はあの世にいけず、失った肉体を求めて手を差し伸べ続ける人間の魂で、本作ではサムの行く手を阻む敵の一種でもあります。BT は“Beached Thing”の略で「ビーチに打ち上げられたもの」ぐらいの意味になるはずです。彼らも座礁しているんですね。アメリのように、肉体を失ってビーチで途方に暮れているのかもしれません。
サムは物語上、けっこう重要な唯一無二の帰還者という立場なんですが、DOOMS(能力者)としてはレベル2という、一般人よりは能力があるけど、べつに BT を視認できるわけではないというふうな、なんとも中途半端なレベルになっています。プレイアブルキャラクターの宿命ですな。なので、この冒頭のシーンでも BT の具体的な容姿は一切映らず、ぼんやりとした存在しかわからなくなっています。加えて、事前になにも説明せずに、いきなり BT と遭遇させることでプレイヤーの未知に対する恐怖心を煽ろうとする演出なんだと思います。
こうやってマジマジと BT の手形を見ると、一度バンと手のひらをついたあと、前へ体重が移るときに爪のようなものがニュッと伸びるんですよね。のちほど対消滅(ヴォイド・アウト)する場所も、よくわからない毛筆で墨を引いたみたいな線がいくつもあったんですけど、もしかしたら指先からよくわからない毛でも生えているのかな? 巨人タイプの BT は指がへその緒みたいに伸びていたので、あれの縮小版かなと考えたりもしたんですけど、確かめようがないですね。
律儀に写真を踏みつけていく BT の手形の背景を見ていると、ものすごいスピードで草が生えて枯れていく様子がわかります。時雨が降ることで、すでにあるものが劣化するだけでなく、新しいものも生まれていることがわかります。これまでの概念が通用しない速さで時間が流れることで、既存の生態系が絶滅に追い込まれると同時に、逆に言えば新しい命が生まれる進化が促されているんだと思います。手形に満ちる液体は、浸った写真が劣化しないところを見ると、時雨が溜まってるんじゃなくて、タールが湧き出ているんでしょうね。
手形が去っていたのを確認して、今度こそ写真に手を伸ばすサムですが、それをどこからともなく現れたフラジャイルが制止します。やっているジェスチャーとは裏腹に叫んでくださいと言わんばかりのビックリポイントです。ここらへん、ついに日の目を見ることがかなわなかったホラーゲームの Silent Hills に対する期待に律儀に応えようとしてくださっている印象があって小島監督が好きになりました。ホラーゲーム、本当に作ってほしいんですよね
フラジャイルはオープニングムービーでサムがバイクを転倒させる原因を作った当たり屋ですが、小説版 DEATH STRANDING ではここでサムを待ち伏せていたことをヒッグスにのちほど暴露されていたので、ゲームでもあながちサムと一緒に雨宿りするために進路妨害してここに誘い込んだ説を否定できないと思います。
フラジャイルの服装ものちほどちゃんと説明されていますが、傘の動きと肩のイボイボのとがり具合でカイラル物質の濃度を視認できる設計になっています。フラジャイルの能力者としてのレベルはサムより上で、その口ぶりからすると BT の姿が見えるようですが、それでもリスクの可視化に努めたデザインということになります。見える化って大事。プレイヤーは見えない側からのスタートです。
敵が見えないサムは手形だけを頼りに逃げ惑うしかありません。フラジャイルに腕を捕まれたまま息を殺すサム。このゲーム、敵の撃退方法も荷物を運ぶ手段同様、物語が進むにつれてどんどん便利になってできることが増えていきます。一度クリアしてみると、終盤にはサムも遠慮なく息を止めながら BT に自ら接近して、あの世にお帰り願うのが普通になるので、2周目に見るとあんまり緊張感がないですね。逆にこれだけ接近しても BT に察知されないことに最初は違和感があったんですが、筋は通ってました。なかなか BT はザルです。といっても、ハードモードで接近したことはまだないんですけども。
BT が去り、雨が上がった空を見上げながら涙するサム。この涙はおそらく感情的なものじゃなくて、フラジャイルの涙と同じ、カイラル物質によるアレルギー反応じゃないかと思います。花粉症もビックリなひどい症状なので、下手をするとこんな世の中じゃあ、これだけで死ぬ人もいるんじゃないでしょうか。
サムとフラジャイルが見上げる空ですが、今見返すとうっすらと5人の人影が浮いているように感じます。逆に人影の部分が明るくなっているので、影じゃなくて人型の光とでも言うべきでしょうか。動画だとわかりにくいかもしれませんし、画質がいい状態で切り取ろうと思ってもうまくわかりやすい形でキャプチャできなかったんですよね。この人影、エンディングのビーチの上空にも登場する重要な要素っぽいんですが、作中でもなにと明言されていないので考察の余地が残っている存在です。もしこの五人組がこのとき空に浮いていたのなら、このほら穴での邂逅は半ば運命めいたものであり、サムが大切に持っていた写真に時雨が落ちて妻の顔がぼやけてしまうことにも意味があると考えられます。
一難去っていまさらな自己紹介を始める二人。手を取りながら、死と直面した恐怖を一緒に乗り越えたら、少女漫画だと恋でも始まりそうな予感がしますが、サムは他者との接触を極端に嫌がる恐怖症を患っているので、フラジャイルに対してもまったく心を開きません。フラジャイルの体当たりアタックもサムには効果がありませんでした。
握手のために手を差し出してもサムは皮肉な笑いを口元に湛えて背を向けてしまいます。BT にでもなった気分ですね。 相手はボンドガールにもなった大女優ですよ!
サムのフルネームはサム・“ポーター”・ブリッジズという、いかにもな運び屋ネーミングです。このゲーム、みんなまんまな名前が勢揃いしてますもんね。そんなことよりも、ここの一連のシーンはフラジャイルのお尻がよく映るので秀逸だと思います。この画像もこのお尻を残したくて撮ったんですよ! このぴったりしたスーツをデザインした人、天才だなぁ。
サムは最初からあちこちでレジェンド扱いされるんですが、プレイヤーからはその偉業がまったく見えません。でも先日、専門家視点でゲームを見ていく『ゲームさんぽ』というシリーズの YouTube 動画を拝見しまして、やっぱりサムってすごいんだなと感じました。これは小島監督も公式 SNS で取りあげていたので、観たかたも多いと思いますが、念のため再生リストをここにも貼っておきます。
出発の準備を進めるサムの背中を見て、フラジャイルも奥から自分の荷物を持ってきました。カバンのスリットにどうも“DO NOT TAMPER”って書いてある伝票らしき物が入っているんですけど、このカバンは私物じゃないのかな? サムの気を引くためなのか、大事な配送物とは思えない勢いでカバンをドスンと落として、なかからクリプトビオシスをまき散らす謎の美女フラジャイル。
クリプトビオシスはクマムシで有名な緩歩動物が、過酷な環境に対応するために一時的に入る無代謝の休眠状態を指す名前です。ほとんど生命活動を停止した状態で、ふたたび生息に適した環境になるまで耐え忍びます。フラジャイルがうっとりと頬張るこのゲームのクリプトビオシスは4対8本脚の形状にずんぐりむっくりなイモムシ体型という特徴がクマムシを意識したデザインになっています。緩歩生物はカンブリア紀の化石でもその存在が確認されていて、オープニングムービーで取りあげたサムの爆発ポエムのとおり、生命が爆発的に進化したカンブリア爆発との関連性も考えられます。
ゲームのクリプトビオシスは陸地にポツンと残されたサンゴ礁のような場所にふわふわと浮いています。重力という当たり前の物理法則を無視する姿は、まさにデス・ストランディングの絶滅へと向かう世界ならではの光景です。作中にも説明がありますが、生物は海から陸へ上がる進化を遂げています。それは生物としてよりよい環境を求めた結果ではなく、潮の満ち引きで陸に取り残された生物が必要に迫られた末の進化だったのではないかと推測されています。
結び目で生息するサンゴ
海で生まれた生命は、進化して陸へと進出した。それが定説だが、果たしてそうだろうか。海の生物にとって、陸はストレスがかかる厳しい環境だったはずだ。なのに、なぜ、彼らは陸へと出て行ったのか。
ハートマン
陸生へと進化した魚類の化石の発見場所と、潮の満ち引きの差異が大きかった場所が、かなりの確率で一致するデータが提示されたことがある。
これが意味するのは、潮が引いたあとに陸地に残された生物が、水に戻るためにやむをえず四肢を発達させた可能性があるということだ。つまり、座礁が進化の契機になったということだ。座礁した生物は陸地に適応し、海と陸を行き来できるようになった。
これと同じことが、クリプトビオシスと、結び目に生息するサンゴのような生命体にも起きたのではないだろうか。死の世界から座礁してきた生物は、生と死、時間と無時間の間で生息できる仕組みを手に入れたんだ。信じられないかもしれないが、これらはこの世界で最も進化した生物と言えるかもしれないんだ。
サムが死ぬと結び目でスイスイ泳ぐクリプトビオシスの姿が見えますし、元来クリプトビオシスは浅瀬(ビーチ)で平和に暮らしたかっただけなのに、陸(北米大陸)に取り残されてしまった生物なのかもしれません。
フラジャイルは時雨に耐性がつくと言っていますが、これもゲームの演出であって、実際のゲームプレイには反映されない効果だと思います。そもそもサムはどれだけ時雨のなかに放置しても雨の影響を受けて老化などすることがありません。クリプトビオシスを食べるのは、サムの生命力とも言える血液量を回復する効果のためです。
でも現実にクリプトビオシスのような生物がいて、フラジャイルのような女がうっとりと効果を謳いながら頬張ったとすれば、どんなゲテモノでも美容のためなら我慢する世の美女たちがあとに続いてクリプトビオシスに群がりそうですけどね。ある意味、女の狂気を代表して体現するフラジャイル。ちなみにサムは食べると半ギレでマズいと言い、ピンチで食べ続けると逆にうまく感じるようになってきたとジョークを飛ばすようになります。地球の気候変動などに伴って予想される食糧危機で、よく昆虫食が議論されていますけど、聞いたところではイモムシ系の虫はおいしいという話でした。クリプトビオシスはちょっと勝手が違うのかもしれません。
普通こういう状況で人が出会えば自分のことはあまり語りたがりませんが、フラジャイルは最初からサムに対して心を開きまくっているのであれこれ話してくれます。しかも一度クリアするとわかりますが、ウソがありません。普通は見せたくなさそうなシワシワの手まで頼んでもないのに見せてくれます。仲間の裏切りで時雨にやられたという肌は、ここでしか観察できません。
フラジャイルは首から下を時雨でやられていますが、最初に触れたものの時間を進めたあとは普通の雨水に戻るという時雨の性質から、老化しているのはおそらく皮膚組織だけです。なので骨格まで歪んでいないし、皮膚を隠せば若々しい見た目のままなのも納得です。女がここまでわかりやすい態度なのに、サムってつれない男ですね。
出発の準備が整ったフラジャイルは、いびつな傘を差したコンセプトアートどおりの出で立ちになります。冷たい態度のサムにもまったく幻滅していないようなので、ストーカーの才能がありそうです。
フラジャイルの傘はいびつに伸びる形が、サムの配達ごとに表示される評価の星形に似ているかななんて思っていた時期がありました。たぶん全体的に見ると矢尻のような形をしているので、カイラル濃度の可視化に絡んで方向を示すダウジングのような機能を果たすためのデザインなんだと思います。それはそうと、フラジャイルのストランドは右側についているんですね。利き手側ってことかな。
解散の雰囲気が漂い始めたところで、拾い損ねていた家族写真が目に入ったサムは、フラジャイルそっちのけで写真を手に取り、ジッと見つめます。それを見たフラジャイルが格言のような言葉を残していきます。
時雨(タイムフォール)は触れたものの時間を奪う。でも、すべてを消し去るわけじゃない。過去は捨てられないものよ。
フラジャイル, Death Stranding
たぶん、自分の過去に対しても思うところがあっての言葉なんでしょう。彼女はむしろ消したい過去とも考えられますが、時雨を浴びても消えない強い女フラジャイルみたいな前向きな示唆としてとらえたいところです。最後に「だから、また逢いましょう」と、ストーカーらしい言葉を添えることも忘れません。
フラジャイルがワープで去って一人残されたサムは、懐に大切な家族写真をしまい、ほら穴の外へ踏み出します。ムービーはここで終了です。このあとはサムの血液ゲージとスタミナゲージが表示されるようになり、先の練習ステージとは違って、身体的なダメージの概念と、足場の悪いところで踏ん張っていられる時間の限界がゲームプレイに追加されます。
赤いバーは「血液ゲージ」です。残りが0になるとサムが生死の境をさまよいます。つまり結び目直行です。ほかのなじみがあるゲームの表現で言うと HP とか、ライフとか、体力とか、ああいう感じの値に相当します。
青いバーは「スタミナゲージ」です。減ると移動速度や“踏ん張る”力が弱くなります。私は踏ん張りゲージと呼んでいます。具体的には急な坂や滑りやすいデコボコ道、雪が降り積もる山道、あとは流れが速かったり深かったりする川を渡るときにこのゲージが0になるとサムが盛大に転けて出血しながら荷物をその場にばらまく大惨事が起こります。
ほら穴から少し進むとシカ先輩の遺体が坂下に転がっています。サムが仲良くフラジャイルと手をつなぎながら必死で BT から逃れようとしていたとき、その場の緊張感あふれる雰囲気にいたたまれない気持ちになったのか、急に前を横切ってほら穴から飛び出していってしまったシカ先輩。どうやら無残にもここで時雨にやられてしまったようです。クソッ、目の前でバカップルがイチャつき始めさえしなければ洞窟から出なくて済んだのに……!
時雨の害は雨水が最初に触れる表層的な部分に真っ先に出るので、表皮から先にやられて、火傷のように体液を保持できなくなって死に至るんだと思います。だから上になっている部分から朽ちて、白骨が見えるこの遺体の状態になるんじゃないかな。これで2匹いたシカは両方死んでしまった可能性が高いんですけど、このシカ、なにかの暗示のような気がして今でも気になっています。シカ先輩、お前は一体……?