イゴール先輩の大爆発に巻き込まれて、三途の川ならぬ結び目から一度この世に帰ってきたサム。帰還直後の2日間は眠りこけていましたが、起き抜けに初めて出会ったデッドマンからモルヒネの配達を依頼されて、気がつくとしばらく顔も見ていなかった危篤状態の義母と面会することになっていたというのが前回までのあらすじです。

モルヒネを抱えたデッドマンに連れられて、サムが義母に会うために訪れたのは、配達先の隔離病棟にある大統領執務室です。サムの義母ブリジット・ストランド大統領は、末期がんの病床にあっても自身の執務室から離れようとしていませんでした。鋼のキャリア・ウーマン、ブリジット。

天井から伸びる黒い管

執務室の様子は、白い天井に無数の黒い管がぶら下がっているところから描かれていきます。BT の天に伸びる黒いへその緒を連想させます。私も初回プレイのときから「この大統領、たぶんヤバい背景あるキャラクターやな」とすぐ予想がつきました。ラスボス候補に一気に躍り出た瞬間です。

大統領のベッド

黒いコードがつながる先は大統領が臥した病床です。日の光がまぶしいぐらいに差し込んだベッドの脇には彼女の腹心のダイハードマンが控えています。小説 DEATH STRANDING ではデッドマンが彼女の部屋について以下のように表現しています。

アメリカ合衆国の大統領たちが、この国のためにすべてを捧げてきた楕円形の聖地。歴代の指導者が理念と現実に翻弄され、命を削られた場所。神を持たないこの国の、最高位の生贄のための祭壇。

小説『デス・ストランディング(上)』

今は亡き古き良き国の大統領は、Death Stranding の世界だとそっくりそのまま絶滅体に置き換えられるようです。世界を滅ぼす宿命を背負った彼女も少なからず自分の意思とは裏腹な行動を強いられていた登場人物の一人であり、その点では犠牲者ですからね。

アメリカ合衆国のホワイトハウスにある大統領執務室は、その形状から楕円形を意味するオーバル・オフィスと呼ばれています。家具をはじめとした調度品は、そのとき就任している大統領の好みに合わせて変わるのが基本なんですが、ひとつ気になったのが執務机です。小説版ではサムの描写から机がこの部屋のどこかにあることになっているんですが、ムービーの映像を観た限りだと室内には見当たりません。その代わり、本来机が設置されている場所にストランド大統領のベッドが鎮座しています。すでに彼女の仕事が具体的なデスクワークではなく、生きていること自体になっている意味も込められているのかもしれません。それはアメリカ合衆国再建の象徴としての務めであり、絶滅体の務めにもかかわっているのかもしれません。「もう時間がない」は、もしかしたら生のブリジットと死のアメリのバランスが崩れることを指していたのかな?

ムービーで確認できない大統領の執務机はおそらく現実の大統領と同じ、レゾリュート・デスクの愛称で知られる歴史的な机で、これまでの歴代大統領が部屋の模様替えをしても、まず変更されることがなかった執務室の顔のような存在です。19世紀半ば、イギリス海軍は北極海の航路を切り開くために探検隊を派遣しましたが、そのまま行方不明になり、のちに捜索隊も送られたんですが、彼らも難航して船を何隻も乗り捨てることになりました。レゾリュート号はそのうちの一隻で、のちにアメリカの捕鯨船によって無傷で回収されてイギリスに返還されました。レゾリュート・デスクはこの船の木材を再利用して作られた記念品で、当時在位中だったヴィクトリア女王からアメリカ合衆国大統領に贈られています。

北極海を探検する航海は、船員間で結核感染があったり、装備の問題で鉛中毒が発生したり、食糧不足で食人を試みた形跡があったりと、かなり難しいものだったようです。失踪した探検隊の捜索もうまくいきませんでした。いいところを見せられなかったイギリス海軍の捜索隊と違って、ゲーム終盤で第二次遠征隊のサムは一人で任務を全うしますが、このイギリスの厳しい航海は、同じく絶望的な条件で北米大陸横断を試みるブリッジズの遠征計画にもちょっと重なるところがあります。しかもレゾリュート号を発見したのは、今作のビーチで座礁しているクジラを獲る捕鯨船で、その木材から作られた机を持つはずなのが絶滅体の大統領です。ちょっとおもしろいつながりかただと思います。

お薬配達任務

もしかして隔離病棟の三角形の形は帆船の帆の形がモチーフになっていないかなと思って見返してみましたけど、いまいちピンとこずでした。

配送センターは思いっきりナビオなんですけど、ここまでは似てると思えないので違いそうです。やっぱ北米大陸は大阪やったんやなぁ。

紹介

部屋の入り口から奥に入れずにいるサムに歩み寄ってブリッジズの長官ダイハードマンを紹介しようとするデッドマンですが、サムが紹介前にダイハードマンを認識したことで紹介不要の旧知の仲だと悟ります。てか、デッドマン本当に空気読めるし、人がいいし、気が利きますね。ひな壇で重宝される女芸人みたいです。

第一次ブリッジズ

デッドマンが口にした「第一次ブリッジズ」が具体的になんなのかはわからないんですが、素直にとらえると立ち上げ当初のメンバーってことだと思います。ゲームの終盤に手に入るサムの妻の報告書では、サムがブリッジズを去ってフリーランスになる前は、組織を牽引する中心人物だったことが明かされています。

ブリッジズの立ち上げ

このムービーの後半で、ブリッジズを組織したのはストランド大統領だったとダイハードマンが話しているので、サムも立ち上げ当初から在籍する中心メンバーだったということでしょう。そもそもブリッジズという名前は、サムが養母のストランド姓を名乗る前に実母から引き継いでいたファミリーネームです。サムのために大統領が用意した組織のような気がしてなりません。その計画も妻の奇怪な死でサムの心が折れて頓挫してるんですけどね。

橋を意味するブリッジについて言えば、ブリジットの綴りも“Bridget”なので、ファーストネームにサムと同じ橋が含まれています。彼女もある意味、人と人をつなぐ使命のようなものを持って生まれてきた女性です。ファーストネームが個性、ファミリーネームが先祖代々受け継いできた血統のような使命を暗示していると解釈すれば、死の座礁の血に生まれた絶滅体だけど、個としては人とのつながりをだれよりも欲していたと考えることもできます。絶滅体の使命に反してビーチで赤ん坊のサムを救ったのは、絶滅の宿命を背負う彼女も命を育む母になりたかった示唆ではないかなと私は感じました。彼女は一人の女として、子宮を早々に悪性腫瘍で失っても、奇妙なつながりで得た息子と一緒に人々をつなぐ橋になりたかったんでしょう。その夢と宿命の狭間でもがき苦しむからこそ、生贄なわけです。

ダイハードマン

サムとはすでに知り合いらしい新キャラクターのダイハードマンがここで正式に登場します。吹き替えは小島監督の作品とはもはや切っても切り離せない大塚明夫さんです。たしか小島監督もどこかのインタビューで話していたと思うんですが、演者のトミーさんはしゃべりかたが比較的丸く優しい感じで、英語音声を聴いてプレイしたキャラクターの印象と、考察のために目を通す日本語音声のムービーの印象の差がちょっと大きいと感じました。大塚さんの声で言われると、四の五の言わずにやらなきゃいけない軍隊感が出るんですよね。

実際、日本語版のダイハードマンはさっそく「ふん、10年振りの挨拶もなしか」とちょっとトゲのある言い回しをしていますが、英語版だとその前から10年も経ったのかという小さな感嘆とともに「どうしていた?」というふうに訊ねる気遣いから入り、無言のサムに「オレもお前に会えてよかったよ」というふうに、本来あるべき言葉があったものと仮定して会話を進める英語ではよくある皮肉をそんなにトゲのないトーンで話しています。英語だとお礼を言わない相手に「どういたしまして」と先に言う皮肉とかもよくあるんですが、それに似ていますね。

ダイハードマンは「お互い死ねない者同士」と言っていますが、本当に死ねない帰還者はサムだけで、ほかは結果的になかなか死ぬに死ねないしぶとい人間の表現として使われているだけだと思います。英語では“a bunch of deathless freaks”と表現されているので、おそらくこの二人だけでなく、そばにいるデッドマンも含まれていますし、願わくばそこに末期がんを体中に抱えてこの世に踏みとどまっている大統領も入れたかったんじゃないかなという気がします。ブリッジズの中心メンバーは、ゴキブリ並みの生命力という共通点があるのかもしれません。

ダイハードマンの名前の由来は、ブルース・ウィリスの代表作となった人気映画シリーズ『ダイ・ハード』だと言われています。映画の主人公ジョン・マクレーンは非番の日にたまたま重大テロ事件の現場に居合わせる悪運の強い刑事で、ド派手なアクションと笑えるネタを交えた軽快さが人気を博しました。ダイハードとは死んでもおかしくない状況で生き残る主人公の不死身のタフさを表す言葉です。ダイハードマンの本名はジョン・ブレイク・マクレーンで、まんま映画のオマージュになっています。

ダイハードマンがつける仮面については、以前に別の記事でも取りあげたんですが、表向き死んだことにされたダイハードマンの素性を隠すために、ブリジット・ストランド大統領が着けていたものを受け継いだものでした。ダイハードマン本人は、過去の戦役で顔に火傷があって、それを隠すためのものだとサムに説明していたようですが、そんな火傷は存在しないことが物語後半のマスクを取った姿からわかります。この物語にはマスクがウソつきの仮面であることを示唆する敵役のセリフがあり、ウソで民衆を率いて絶滅に追い込む絶滅体のマスクなんじゃないかなと私は推測しています。ゲームの最後の最後にダイハードマンが泣きながらサムに胸中を激白するシーンがあるんですが、彼も少なからずキナ臭いことをしている自覚を持って行動していましたからね。

義母と教えられるサム

あまりにもサムがピンときていない様子なので、ダイハードマンにまで「あなたのお義母さんですよ~!」と耳元でこっそり教えてもらうハメになりました。あらかじめこの部屋のなかにいるキャラクターたちの人間関係を頭に入れて冷静に聞くと、かなり素っ頓狂な会話です。サム、どんだけボンヤリした子なん……。

小説でもこの一連のシーンはサムが語り手ではないため、大統領がブリジットであり、自分の義母である点について、反応が鈍かった理由ははっきり記述されていません。強いて言うなら前の記事にも書いたとおり、過去にブリッジズを離れたときの不和でもう関わりたくない拒否反応と、今もブリジットが大統領を続けていることにサムが肯定的ではない事情があると考えたほうがいいんだと思います。ここらへんはブリジットが「恨んでも当然」と言っているので、なんか二人のあいだにあった確執が絡んでいると考えるのが自然でしょうね。

ブリジット・ストランド大統領

サムが無表情のままベッドの脇へ進み出て、デッドマンとダイハードマンが席を外したことで、晴れて母子水入らずの対面がかないます。英語版ではやっと姿を現したサムに「あなたが戻ってきてくれることはわかっていたわ」と、強い母親らしい発言をしています。絶滅体であることを考えると、とくに私の読みどおりにイゴール大爆発から仕組んでいたと仮定すると、薄ら気持ち悪い言葉ですけどね。

ブリジットがサムに向かって最初に伸ばそうとした手は右手です。サムがブリッジズの手錠端末で縛られているほうの手で、棒と縄なら棒に相当する不動明王の剣を持つほうの手であり、フラジャイルがサムをつかんだ手とは反対です。フラジャイルと出会ったときの BT が、サムの家族写真を踏みつけていったのも右手でしたね。サムはこの彼女の手を握ろうとしませんでした。このシーンのブリジットは白いワンピース状の患者衣を着ていますが、右腕に黒いサポーターのようなものを着用していて、右半身に黒い要素が偏っている印象を受けます。

アメリ

サムの食いつきが初っ端からあまりにも悪いため、「恨んでも当然」と言葉を飲み込んだ大統領は、しばらくどう話を切り出すべきか悩んで逡巡していたようです。そうやって口から出た第一声が「アメリが――」というサムの姉のような存在を主語にした話でした。はやくこの場を去りたいと全身で主張していたサムは最初、義母の病床とは反対を向いていましたが、アメリの名前が出た途端に振り返って大統領の顔をまじまじと見つめながら話の先を急かします。声のトーンだけとっても、ものすごい食いつきです。おかん強し。まさに計画通り。サムがかなりチョロく見えます。

このシーンの構図は、大統領の体から伸びる黒いチューブが画面左側に垂れ下がっていて、画面右側に日が差す窓と大統領の顔があります。サムは黒いチューブが垂れ下がるほうを向いていて、母子のあいだはへその緒を連想させる黒線で区切られています。しかしその隔たりは、サムがアメリの名を聞いて義母のほうに向き直って歩み寄ることで取り除かれます。育ての母ときちんと向き合うことが、サムを光のなかへ導く構図になっています。

このシーンでは同時に、義母のブリジットには拒否反応ともとれる関心のなさを示したサムが、義姉のアメリにはまだ強い愛着を示していることも描かれています。サムは仕事で忙しかった義母より、ビーチで相手をしてくれる姉のアメリによく懐いていたと妻の報告書にも書かれています。

小説のサムはなんとなく義母に背を向けていたわけではなく、執務机に置かれた骨董品の羽根ペンに視線を吸い寄せられていました。この羽根ペンはアメリカ合衆国建国の父らが独立宣言書に署名する際に使った歴史的な代物で、私がレゾリュート・デスクじゃないかと推測していた執務机同様、この国のトップに代々受け継がれてきた大統領の仕事の象徴みたいな存在です。サムはブリジットがしゃべると呼吸を合わせるように揺れる羽根ペンを見て、「折ってしまいたい」と強い衝動を覚えています。おそらく大統領の仕事はサムから大事な母親を奪う存在で、死の間際まで彼女はサムの母ではなく、国の再建を訴える大統領として死のうとしています。サムの敵意はそこに芽生えているんだと思います。

サムの妻ルーシーは、もともとブリジットからサムの接触恐怖症を治してほしいと依頼を受けて診察した心理カウンセラーでした。彼女の診断によるとサムには、性的欲求がもともと薄いながら、親密な関係になった相手に性欲を覚えるデミセクシャルの傾向があるそうです。サムの場合、その矛先が育ての母親や義理の姉に向いてしまい、倫理的な問題にぶち当たるようになりました。サムの接触恐怖症は、触れたいという強い基本欲求を抱えながら、触れてはいけないという社会観念的な自制の矛盾で生まれた可能性が示されています。サムの接触恐怖症に性別による制限はありませんが、作中サムの体が拒否した証しとして、手形の炎症が登場するのは女性のフラジャイルとこのシーンのブリジットです。サムのなかの獣は、本当はこの二人をペロペロしたかったのかもしれません。

こうやって性的な話も込みで考えていくと、ブリジットも息子を動かすために女の武器を使っていることがわかります。アメリはブリジットが若いころに子宮がんで生死の境をさまよって生まれたオルターエゴのような存在です。ビーチにいるため加齢することがなく、言い換えれば個人の健康状態はともかく、生殖に適した生物的な魅力を保持している女性ということになります。母親のポジションで年齢もずいぶん上のブリジットより、サムを下半身で釣りやすいわけです。ブリジットは母親としても、大統領としても、もうサムの気を引けなくなったと気付いて、「アメリを助けて」と訴える路線に舵切りしています。おそらく、このサムに対する武器の有用さをなんとなくわかってやっているでしょうね。二十歳そこそこで子宮を失ったブリジットにとって、もしかしたら男と子をなすことや、母となって子供と自分の使命をやり遂げることはかなり心を引かれるものだったのかもしれません。

大統領を否定

サムがブリジットに向かって「あんたはもう大統領じゃない」と切り捨てるシーンは、アメリの名前が出て距離が縮まった母子のあいだに、ふたたび黒い線が現れる構図になっています。話題が家族からまた仕事に戻ったことも関係しているのかもしれません。ただ、上にも書きましたけど、私にはこのサムの「大統領じゃない」と言い切る発言の背景がよくわかりませんでした。否定したい理由もはっきりしないし、なんか事情があるんだろうな程度の推測しかできません。なんとなく感じるのは、サムは国も大統領もクソ食らえで、本当は愛した家族と一緒に過ごしたいだけの純粋な男なんでしょうね。ここらへんはシングルマザーの家庭で育った小島監督やノーマン・リーダスさんの生い立ちにも重なるところがあるのかもしれません。

大統領のチューブ

義母の最後の願いを突っぱねた冷たい息子に、ブリジットは「お願いよ、サム!」と手を伸ばしますが、その手を払いのけようとするサムともみ合いになってベッドから転げ落ちてしまいます。その際にブリジットの脇腹からチューブが4本伸びていることがわかります。天井から垂れ下がっている黒いコードの一部は、大統領の体と直接つながっていたようです。

大統領の脇から伸びるチューブ

ベッドから転げ落ちるシーンを見ると、反対の脇腹からも4本のチューブが出ていることがわかります。こちらはベッドとつながっている白かグレーのチューブみたいです。胴から4本ずつ伸びる8本の脚と言えば、ブリッジズのマークにもなっているクモです。小説には、彼女を女郎蜘蛛に例えたデッドマンの言葉が載っています。

呼吸マスク、点滴のチューブ、血圧や心拍数を計測するためのコード類が細い体から何本も伸びている。その姿は、蜘蛛の巣に搦め取られた蝶のように見えた。いや、そうではない。彼女は、網の中心にいる女郎蜘蛛だ。衰弱しているとはいえ、彼女こそが、この瀕死の大陸を繊細で強靱な蜘蛛の糸で結び直す指導者なのだ。

小説『デス・ストランディング(上)』

ブリジットは一見するとデス・ストランディングの犠牲者に見えます。しかし実際は彼女こそが絶滅を誘き寄せる絶滅体であり、指導者面して人類を糸でつないだあとは、まとめて滅ぼそうと画策している捕食者の一面も持っています。

黒い血

ベッドから落ちたことで、大統領の体から伸びていたチューブがちぎれて、血の代わりに黒い液体が周囲に飛び散ります。どう考えても BT の手形から湧き出ていたタールですよね。天井から伸びる黒いコードとあわせて、敵の要素がそろいすぎているので、「この人、絶対あとで蘇って大ボスなるやん」という予感がしていました。

カイラル物質を含む黒い液体は、作中でその見た目から研究者のあいだでタールと呼ばれていますが、現実世界でタールと呼ばれているものとはもちろん別物です。物語に登場するキャラクターの説明で、本作のタールは死に近い場所から湧き出てくると言われています。大統領の体につながったチューブからこの液体があふれ出てくるということは、意図的に患者の体にタールを流し込むことで、放射線治療のようにタールががん治療に活用されているか、反対に大統領の体からタールがあふれ出てくるのでくみ取っているかのどちらかでしょう。私は後者だろうなと思いました。

黒い腹部

大統領の体を蝕む悪性腫瘍は、外敵からの攻撃で生命が脅かされるものではなく、自分の細胞が暴走することで自滅する病気です。彼女の体は、言わば自分で自分を殺めています。しかも新しい命を育む子宮から始まっています。チューブからあふれるタールの様子を見ると、タールは彼女の腹部から漏れ出しているように見えます。彼女が通常の子宮を持てず、絶滅を生む体質だったことを意味しているんじゃないでしょうか。

小説版ではブリジットがベッドから落ちたことで周辺の医療機器も倒れ、執務机に点滴スタンドが直撃しています。点滴スタンドはこのムービーでサムが「アメリカなんてもう誰も必要としてない」と言い放つ際に視線を移した国旗の前に割り込む形で映っています。なにの象徴かわかりにくいんですが、十字架のようなシルエットの中央に点滴液のバッグが吊されているので、キリスト教の救世主や、タールと対比して透明な液体、もっと言えば治療薬という性質がなんらかのシンボルとして投影されているのかなと推測しています。この点滴スタンドが直撃しても、大統領の羽根ペンは折れませんでしたし、それどころか大統領の執務机の上で絶妙なバランスで直立し続けていました。サムには悪いけど、ブリジットは死んでも大統領だったということですかね。

手錠端末

サムにすがりついたブリジットは、ふとサムが右手に手錠端末をしていることに気付き、自分のお願いを引き受けてくれたと解釈して表情を明るくします。サムは必死に否定しますが、手錠端末はブリッジズとのつながりを象徴するものであり、アメリカ合衆国再建を誓ったも同然です。

家族写真

否定されたブリジットですが、さらにサムの懐から落ちた家族写真を目にして、サムの態度とは裏腹に協力が得られることを確信したようです。死んだ妻の顔は時雨でぼやけてしまいましたが、まだ若いブリジットとサムの絆は鮮明に描き出されています。背後には国旗まで背負って、絵に描いたような指導者の母子像です。過去の家族の絆を写した写真は、サムが今でも過去を大切にしている証拠です。サムは過去を捨てられませんでした。

母の最後のお礼

ブリジットは目線を合わせようともしない親不孝な息子の協力に前もって「ありがとう」とつぶやき、トドメの一押しでアメリのビジョンを使って「ビーチで待っている」と捨て台詞を残していきます。

アメリ

シュワちゃんなら親指を立てて溶鉱炉に沈んでいくところですね。ビーチで会おうぜ、ベイビー! ここの音声がアメリの声優さんではなく、ブリジットの声のままなのもポイントだと思います。だから私、初回プレイ時に登場する前からアメリと戦うことになるだろうなと予想していました。その予想は外れましたけどね。え? 私はもちろん、ビーチでアメリの背中に発砲しましたよ。当たり前じゃないですか。

駆けつけたダイハードマンとデッドマン

大統領のバイタルが不安定になったせいか、彼女につながれていた医療機器が各所に警告を送り、それに気付いたダイハードマンとデッドマンが慌てて部屋に入ってきました。呆然とするサムは置き去り状態で、主を取り戻した医療用ベッドで蘇生措置が始まります。

蘇生措置

このシーンを見ていると、赤いガウンの医療班だけでなく、遠巻きにハートマンやママーも様子を見守っていることがわかります。彼らがここにいるはずはないので、全部ホログラムです。デッドマンは小説ですすり泣きが聞こえたと言っています。

ホログラムの部屋

大統領がこの世を去ると、そのホログラムも次々と消えていきます。人だけでなく、立派な大統領執務室を飾り立てていた豪華な調度品も、小説には残ったと描写されていた国旗さえも姿を消して、質素で無機質な部屋の輪郭が浮かび上がります。

あと、大統領がベッドから落ちて黒い血だまりみたいになった部分に、ブリッジズのロゴが入っていることがわかります。実際は北米大陸を絶滅に追い込む黒いタールのような組織であることを示唆しているのか、あるいは、ブリッジズという組織が、彼女が腹を痛めて産んだ赤子のような存在だったとか、そういう示唆ですかね?

ベッドで息絶えた大統領はもう、天井から伸びた黒いコードとはつながっていません。この垂れ下がる黒いコード、メインメニューのタイトル文字から垂れるへその緒そっくりですよね。

タイトル

今あらためて数えてみると、このタイトルの文字から伸びている黒いコードは計8本で、女郎蜘蛛の脚の数と一致しますね。あと、クリプトビオシスも4対8脚の座礁生物なので、なにか関係があるかもしれません。

作中、黒いへその緒を持つゴースト系の敵 BT は、サムの武器が充実する後半でへその緒を切って退治できるようになり、その倒し方だとサムに「いいね!」をしてビーチに帰っていきます。ほかにへその緒でつながっていると言えばブリッジ・ベイビーもそうです。彼らも脳死した母親とへその緒でつながっている状態で生きながらえています。ビーチから座礁して北米大陸に残留することは、へその緒でつながれることと関係しているのかもしれません。サムが帰還者として特殊な死ねない性癖を持っているのも、ブリッジ・ベイビー時代にへその緒を失ったことが絡んでいる可能性が高いでしょうしね。

Be Stranded with Love

義母のあっけない死をぼんやりと眺めていたサムは、自分が捨てきれなかった過去ともう一度向き合っていました。今まで見えなかった写真の右下の部分に、おそらく大統領の手書きメッセージだと思われる「絆(ストランド)と共に」という文字が書き込まれています。原文の英語だと“Be stranded with love”です。大統領のファミリーネームであるストランドの単語が使われていますが、のちにアメリが自ら説明するように、絆を意味するこの単語は過去形や過去分詞に活用して形容詞のように使うことで「座礁した」という意味を持つようになります。メッセージを直訳すれば、「愛をもって座礁して」とも解釈でき、愛で雁字搦めになることを示唆しているようにも感じられます。デス・ストランディングの超自然的な死生観は、人間の深い感情、とくに母子や男女の愛情が根底にある気がします。なんせ、ブリジットの母親像が強すぎますよね。この写真だって、息子の子を宿した嫁を蹴り出して所有権を主張する母親の強さがこれでもかとあふれ出ています。アメリを出してビーチ姫ごっこをするあたりも、近親相姦めいた男女の痴情を匂わせています。ブリジットは博愛精神が強い女性として描かれていますが、サムとの関係を掘り下げると、かなり女の部分も強く感じます。

契約完了

大統領を失ったブリッジズには問題が山積しています。とりあえず彼女の死は口外するなと箝口令を敷くダイハードマン。しかし、目下の問題は大統領のネクローシスのほうです。天下の大統領と言えども遺体を放置するとネクローシスを起こしてイゴール大爆発の二の舞になりかねません。とはいえ、頼みの死体処理班は先のセントラル・ノットシティ消滅で壊滅的状況に追い込まれており、すぐに動ける人材がいません。そこでダイハードマンは茫然自失状態のサムに詰め寄り、ブリッジズと契約したお前に仕事があると半ば強制的に仕事の交渉を始めます。絵面が完ぺきにチンピラに絡まれたおっさんです。小説ではダイハードマンはこうなることを見越してサムと大統領を引き合わせたとデッドマンが指摘しています。なので、息子のサムにはつらい状況だろうが、ブリッジズのメンバーとしてダイハードマンの交渉をサポートする仕事に徹しようとしたようです。

約束手形

サムは身に覚えがないようですが、ダイハードマンが言うにはすでにアメリカ合衆国再建に協力するというブリッジズとの契約は完了しているようです。その証拠というのが、サムの右手に残っていたブリジットの手形です。たしかに、約束手形とか、手形って法的文書ではけっこうな効力を持っていて、もう手形が使われていない書類でも名残で手形って名前で呼ばれているものもありますけどね、ちょっと強引ですよね。

ブリジットは最初にサムに手を伸ばしたときと違って、手錠端末や写真に手を伸ばしたときは左手を使っていました。左手は縄でいいものを引き寄せたり、羂索で衆生を救ったりするほうの手で、人と人とのつながりを象徴しています。息子にブリッジズの未来を託すことは、ブリジットなりの母の優しさだったのかもしれません。

デッドマン

ダイハードマンに乗っかってサムの説得を図るデッドマンもなかなか鬼畜で、死体処理班が全滅したと言ったところで、罪悪感からかサムが目線を逸らしたのを見て「そうだろう?」と畳みかけます。対消滅が起こるからなんとかしなきゃとなったら、いやな思い出が多いサムも回避に協力せざるをえません。

先の対消滅で焼却所へ向かう道は分断され、遺体を担いで山を登る必要があります。焼却所は死に近い場所です。カイラル物質が多いことから BT がルートに出現する可能性も高くなります。こんな過酷なミッションを遂行できるのは帰還者であるサムしかいません。

もうブリッジズ

「お前はもうブリッジズだ」と社畜宣言されたサム。新型コロナウイルスに感染するリスクに怯えて出社も出張もできないようなフニャチンは真っ黒黒な大手企業のブリッジズには必要ありません。ここのデッドマンの「サム、あんたはすでにブリッジズだ」のセリフ、英語版では「もう勤務時間中だぞ」といった意味合いになっていて、配達ミッションがすでに始まっていることを意味しています。社畜は黙って働けよ!

社畜の証しである右手の手錠端末でミッションの内容を確認すれば、サムも立派な社畜の仲間入りです。むしろ率先して会社のために人生を捧げる社畜の鑑になります。素直にかわいそう。

死体処理班のスーツを着たサム

無事にサムが説得に応じて社畜に墜ちたことで、大統領の遺体運搬ミッションが始まります。画面が切り替わって、イゴール先輩と同じオレンジ色の死体処理班の制服スーツに身を包んだサムが、ダイハードマンから大統領の偉大さや理念の崇高さを念押しされますが、サムはどうせ跡継ぎの大統領もいないのでアメリカ合衆国が死んだことに変わりはないと否定的なリアクションを見せます。大統領の死は国の死であり大ブラック企業の死であります。おい、この社畜、口はまだ生意気だぞ!

アメリカはまだ生きている

反抗的な社畜をいさめるようにデッドマンが「アメリカはまだ生きている」と釘を刺します。詳しいことはネクローシスの問題を回避してから説明してもらえるそうです。まあ、初見プレイでもアメリじゃないかと薄々予想つきますよね。

オレたちがブリッジズだ!

ダイハードマンは周りを巻き込んで自分たちで彼女の崇高な計画をやり遂げてみせると息巻いています。ブラック企業みたいな病んだ組織って、みんなで犠牲になろうみたいな、マイナスなことは平等に負担して助け合おう精神が強いんですが、いざ利益が生じると、個々の努力次第みたいな個人主義に切り替わることが多くて、往々にして既得特権層に分配が偏りがちです。基本的に助け合いのいい側面だけ美化して、都合のいいときだけ助けてもらえるように誇張する傾向が強いんですよね。あとは自分たちのハラスメントを「体育会系」という「厳しいけど筋は通してます」と言いたげな表現に持って行くのが好きだし、自分たちの体制に疑問符がつくと「キミは世間知らずで知らないと思うけど、世の中普通はそういうもの」とか「よそもそんなもの」とか、よくわからない自分の常識を持ち出したがるところがあります。デス・ストランディングの世紀末めいた世界には常識がなさそうなので、きっと「こんなツラい世界で崇高な行為を成し遂げるオレたち」というナゾの美化で犠牲を正当化するとか、そういう路線で来そうです。

亡き母の感謝

パワハラ上司の言うことを聞く必要はないとサムに残された真っ当な人間性が判断したのか、サムはダイハードマンの言うことを右から左に受け流して、義母が最後に残した言葉を頭のなかで反すうしていました。「本当はあなたに行ってほしかった」というトゲのある言い回し、「ありがとう、サム」という「私の言うことを黙って聞け」と言わんばかりの先回りの感謝の言葉、そして溶鉱炉に親指を立てて沈んでいく際の「ビーチで会おうぜ、ベイビー!」……は言ってないか。

死体収納袋の左肩にくくりつけられたピンクの布は、大統領が生前頭に着けていたスカーフですよね。左半身といい、紐状の形状といい、縄の表現だと思います。彼女の遺体はサムの救いなんですかね。親を看取ることに意味があるのかな?

スカーフは毛髪が抜けてしまうがん治療中の患者のかたがよく着けているんでめずらしくないんですが、私がちょっと気になったのは、あまりにもばっちりカールアップした大統領のまつ毛です。がん患者の脱毛は、抗がん剤や放射線治療によって起こる副作用で、治療内容や体質で個人差はあるものの、体の毛が8割ぐらい抜け落ちることもザラにあるといい、がん治療が完了して数年経っても毛が生えそろわずに悩んでいる人は少なくないと言います。

ブリジット・ストランド大統領

頭髪はキレイになくなっているのに、まつ毛や眉毛、口ひげなどの微妙なうぶ毛がしっかり残っているというのは、アメリカ合衆国で悪性腫瘍の治療中だとウソをついて保険金などをだまし取る詐欺を見抜くときによくチェックされるポイントらしいです。ローディング画面であまりにもお目々ぱっちりな大統領の顔をアップで見続けて、「本当にがんやったんかな?」と疑問に感じました。類似する絶滅体特有の病気だったりしないかな? だって普通がんが進行しても黒い体液までは出せないでしょ。

24時間監視サポート

死因はともかく、親が亡くなってしまったのだから葬ってやるのが残された子の務めです。ブリジットを背負って隔離病棟から出発するサムの背中に、パワハラ上司と先輩が「手錠端末で24時間追跡している」や「なにかあれば我々がサポートする」といった旨の表層的には温かな脅し文句を投げかけることも忘れません。つまり失踪すんなってことだし、オレたちが協力するんだから失敗すんな(協力するとは言ってない)ってことでしょ? 本当、実生活の新型コロナウイルスのアレコレで社会体制の見直しが進んでいるので、このゲームってつながることの善し悪しをリアルに描いているよなと感心します。

ブリッジズのマーク

充実の24時間監視サポートを受けて、母親の死体と外界に放り出されたサム。サムが建物から出るやいなや、すぐにシャッターが下りるところにも薄情さがにじみ出ている……どころかダダ漏れになっています。ちょっとは隠そうとして!

シャッターには亡き育ての親が立ち上げたブラック企業のマークがドドンと入っています。このマーク、インターネットでクジラのシルエットっぽくデフォルメされているという指摘を読んだことがあって、なるほどと思いました。マークのクモの巣はアメリカ合衆国の首都であり、ホワイトハウスがある政治の中枢ワシントン D. C. を中心に張られています。ゲームで言うと、ちょうど隔離病棟の大統領執務室があったキャピタル・ノットシティですよね。でもクジラとして見立てていくと、絶滅体のブリジットが最初にがんを患った子宮が中心だったりしませんかね? 女郎蜘蛛の糸はへその緒だったりして。

配達依頼 No.3

はい、ということで、配達依頼 No.3の「大統領の遺体をひそかに焼却せよ」が始まったところで、また長くなりすぎてしまったので今回の記事はここで一区切りさせようと思います。配達は次回に続きま~す!

指さし ストランド大統領の遺体を48時間以上放置するとどうなるのか? に続く
指さし 目次に戻る