前に書いていたように、Death Stranding(『デス・ストランディング』)のプレイ日記をつけていこうと思います。と、言ってもこのゲーム、冒頭はしばらくムービーを観て、ちょこっとだけプレイして、またムービーを観て、またちょっ……の繰り返しなので、しばらくはムービーの気になるところのスクリーンショットを切り貼りしてあれこれ書き添えるだけの内容になるかもしれません。

インターネット上で一部から“ムービーゲー”と揶揄されているとおり、映画のように制作プロダクションのロゴがババーンと流れてから本編が始まる仕組みになっています。短いプロダクション・ロゴは、KOJIMA PRODUCTION のマスコット・キャラクター「ルーデンス」が登場し、その背後からホログラムのクジラが大ジャンプする流れです。ルーデンスはゲーム本編でも説明されていますが、オランダの歴史学者ヨハン・ホイジンガが著書『ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み』で提唱した「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」がもとになっています。

一度クリアしてからよく観ると、ルーデンスが着けているマスクはダイハードマンのマスクと一緒ですよね? ダイハードマンというか、もともとはブリジット・ストランド大統領が着けていたものを引き継いだようなので、絶滅体のマスクとでも言うべきなのかな。ダイハードマンは大統領の意志を受け継いで北米をつなぎ直す使命を帯び、大統領の代わりに先頭に立ってブリッジズを指揮しています。仮面を被るウソつきについてはヒッグスがサムに詰め寄る際に何度か口にしていますし、「アメリカはウソだった」とアメリも途中で白状しているので、“アメリカのために”という大義名分で絶滅を呼ぶウソつきの仮面なんじゃないでしょうか。

ルーデンスのマスクもそうですが、一見宇宙服っぽいのに、サムが死にかけるたびに訪れる結び目のような深海の舞台設定も、作中にも登場する座礁鯨とつながるクジラの大ジャンプも、カイラルグラムっぽいホログラム表現も、思いっきり今作の要素そのままなんですよね。で、そこでやっと、そりゃそうかと気付いたんです。このプロダクションになってから初めての作品ですもんね。今まであれだけ象徴的な作品を世に放ってきた人なのに、あれでもう、なにひとつ今まで築いてきたものを引っ張ってこれなくなるんですね。考えたら自分まったく関係ないくせに、世の世知辛さにちょっと切なくなってしまいました……。

話をマスクに戻しましょう。マスクは本編でダイハードマンが着用しているもの以外に、サムの敵対者ヒッグスも着けていますし、サムが冒頭のムービーで着けているサングラスも仮面と言えば仮面ですよね。

サムのものは目元を覆うタイプで、ヒッグスのものは目にレンズが入ることもあるようですが、おもに口元を覆うタイプでした。サムは妻の死を受け入れられなかったり、明らかに怪しいアメリのウソを見抜けなかったり、どこか見ているものから不都合な情報をカットする性質があるように感じられます。ヒッグスは口だけ達者な中身がない人間、あるいは口からでまかせみたいな、真実を口にしない者のイメージがあります。なんとなくここら辺でつながるかな~と考えていました。

 星座で能力値は変わらない話に続く
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