デッドマン先生の BB-28講座
じつは得体の知れないシステム代表格では? 生きているのか、死んでいるのか、わかりません。
ブリッジズ第二次遠征隊として、西へ着実に移動し始めたサム。しかし、K2西配送センターを目前にした前回、BT 探知機として連れてきた BB-28が過度のストレスにより自家中毒症状を引き起こし、機能停止してしまいました。装備品というより、一人の赤ん坊として BB-28に入れ込んでいるサムは、K2西配送センターに到着すると、大急ぎで BB-28の保育器(インキュベーター)があるというプライベート・ルームに駆け込みます。
自家中毒を起こした BB-28は、呼びかけても反応がなく、痙攣を繰り返すだけで、明らかに危険な状態でした。それゆえにサムは大慌てで K2西配送センターへやって来たわけですが、内心、先に保育器(インキュベーター)に BB-28を預けてから、ゆっくりベンジャミンさんと話してカイラル通信をつなげばいいんじゃないかと私は思っていました。でも小説『デス・ストランディング』を読むと、どうやらこの保育器(インキュベーター)がきちんと機能するためには、どのみちカイラル通信が必要だったらしいです。
以前は、同期するためにポッドを母親と有線でつながなければならなかった。だが、カイラル通信が稼働しているエリア内なら、その必要はなくなった。ここもさっきあんたがつないでくれたからな。
デッドマン, 小説『デス・ストランディング(上)』
プライベート・ルームに入るなり、サムはデッドマンにどうすればいいのかを尋ねます。サムがプライベート・ルームを使うのは初めてではないので、保育器(インキュベーター)への設置方法ぐらいわかるだろうと思っていたんですが、そう言えば初回は気絶して運ばれてきて自分で設置したわけじゃなかったし、以後はデッドマンに預けっぱなしで、気がついたらプライベート・ルームに置かれていたような状態でした。なにげにこのシーン、初めてパパが赤ちゃんのお世話を自分でする瞬間なんですね。
サムが BB-28を保育器(インキュベーター)に設置し終わると、「一時的な過負荷状態だ」とデッドマンが説明してくれます。その状態から回復させるためには、本当の胎児らしく、母親の子宮に擬似的に戻してやる必要があるそうです。保育器(インキュベーター)は、接続されたブリッジ・ベイビーが、母親の子宮内にいるかのような疑似状態を作り出します。そして、自分はまだ誕生していないと錯覚させます。
この話の流れで、BB-28の母親は、キャピタル・ノットシティの集中治療室にいる脳死状態の女性であることが明らかになります。このブリッジ・ベイビーの脳死した母親のことを「脳死母(スティル・マザー)」と作中では言うようです。
ブリッジ・ベイビーは死んだ母親とつながっているため、生者の世界と死者の世界の中間に存在しています。ブリッジ・ベイビーと接続した者は、ブリッジ・ベイビーを架け橋にして死者の世界をのぞき見ることができます。
ただ、生きているか、死んでいるかの判断は、この死の世界が近い北米大陸ではなかなか難しいと思います。例えば、今ブリッジ・ベイビーについて語っているデッドマンだって、誕生という瞬間がない複雑な生まれだったために、自身にビーチがないとのちに語ります。ビーチを持たない、つまり魂(カー)がない存在は、定義上、生きているのか、死んでいるのか、明言しがたいところがあります。
おれは、フランケンシュタインの怪物なんだ。人為的に“多能性幹細胞”から造られた。ところが再生しなかった不完全な臓器は死者からの移植で補うしかなかったんだ。“誕生”という瞬間がない。おれは、ただの肉人形。魂(カー)のない“デッドマン”。子宮から生まれた者にはビーチがある。あんたにも、BB にも。おれには、そんな繋がりはない。母親とも、あの世とも、ビーチとも。
デッドマン
脳死母が死んでいるという判断は、先日書いた古代エジプトの死生観に照らし合わせると、「カー」がすでに「ハー」から離れているからと解釈できます。逆に言えば、誕生の瞬間を持たないデッドマンも、まだ生まれていないブリッジ・ベイビーも、「カー」を与えられていない存在です。理屈で言えば、彼らもまた、生者とは言えません。ただ、デッドマンは、「子宮から生まれた者にはビーチがある。あんたにも、BB にも」と言っているので、ブリッジ・ベイビーは「カー」を持っている設定のようです。どうも子宮、おそらく臍帯による母親とのつながりがビーチの有無に影響しているらしいことがわかります。
ブリッジ・ベイビーとデッドマンをわかつものがあるなら、母親の存在でしょう。古代エジプトで「カー」と同じく、人の霊魂を形成するとされた要素のひとつに、心臓を意味する「イブ」があって、「イブ」は胎内にいるときに、母親の心臓から一滴の血を分けてもらうことで作られるとされていました。脳死母は「カー」を失っていても、心臓は動いているので、胎児の「イブ」の形成には支障がないはずです。この理屈から、デッドマンは多能性幹細胞から作られるときに、心臓が再生されなかったんじゃないかと推測していました。
ブリッジ・ベイビーが帝王切開のような概念で誕生していて、すでに「カー」を吹き込まれている存在なら、生者ということになり、この特殊な死生観の北米大陸でも本来であれば生きていけるはずです。でも、デッドマンから以前に説明があったとおり、ブリッジ・ベイビーは「仮にポッドから取り出しても、『生命』として生きる可能性はない」存在です。
また、保育器(インキュベーター)の説明も興味深いところがあります。自家中毒を起こしたブリッジ・ベイビーを接続して回復するなら、ポッドを満たす羊水を通じて、なにか人工透析のような機能でも果たしているのかと考えていたんですが、デッドマンの説明では、どうもブリッジ・ベイビーにまだ誕生していないと錯覚させることが肝になっているようです。気持ちの問題……昭和の根性論みたいになってきますが、逆に考えれば、ブリッジ・ベイビーは生まれる、つまり母親と切り離されると死ぬようになっていると解釈するのがいいようです。それも自家中毒のように、自らの毒で自分を死に追いやります。
デッドマンは「オキシトシンの量も再調整しよう。今後はこんなに早く、自家中毒は起こさないだろう」と言っています。ブリッジ・ベイビーが自家中毒を起こす原因は、確かに外的要因のストレスもあるでしょうが、今回の2周目プレイで一度も BT に捕まらなくても発症しているところも考慮すると、根本的な原因は母親から離されて不安に感じることのようです。彼らのシステムは、自壊するほうが自然なんでしょう。そして、それをごまかすことでブリッジ・ベイビーは成り立っています。
このゲームでは、死後48時間ぐらいを目処に死者の魂が BT と化す現象を「ネクローシス」と呼んでいますが、本来この言葉は外的要因で偶発的に細胞が事故死することを意味しています。ブリッジ・ベイビーの自家中毒は、どこかその反対の「アポトーシス」、意図的に制御された細胞死を連想します。
ネクローシスと言えば、脳死母が本当に死んでいると定義できるのか、疑問になってくる点もあります。そもそも現代医療でも脳死の定義は判断が難しいところですが、この世界の脳死母はネクローシスを起こしません。つまりネクローシスは厳密に言うと脳死ではなく、心停止がトリガーになっていると考えられます。脳より心臓が重要視されているのは古代エジプトの考えかたにも通じています。心臓が重要なら、心肺機能が維持されている脳死母を、定義上、生者に分類できる余地もなくはないでしょう。
「カー」と「イブ」と同じく、人の霊魂を形成する要素に「バー」があり、その語源は「息」でした。脳死母は普通に考えて呼吸筋がもう動いておらず、人工呼吸器を付けて生き長らえているはずですが、その状態はまだ息がある、すなわち「バー」がまだ肉体に留まっている状態と言えるのか、判断が難しいところです。
BB-28はイゴール先輩の胸にいるときや、サムにハートマークの気泡を出したときなどに、鼻や口から息を吐いている様子をしばしば見せます。息をしているということは「バー」を持っている表現かもしれません。
BB-28はのちにサムから、生まれてくる子供に付ける予定だった「ルー」という名前をもらいます。名前も古代エジプトでは「レン」という人間の霊魂を形成する要素のひとつでした。BB-28は、装備品だから感情移入するなと口酸っぱく支給元のブリッジズから言われるほかのブリッジ・ベイビーらと違って、サムが愛着を持って接する相棒になることで、魂を吹き込まれたと考えられます。と、なれば、今のところ影が見えないのは彼女の「シュト」だけです。エンディングの蘇生シーンでキープを託していったアメリだったりするのかな? そうすると、あの死体焼却所のシーンでルーの魂の五大要素が完成して、ポッドを出ても人間として生きていけるようになったと考えることもできるかもしれません。
あのシーンでは、5体の赤ちゃん BT がキラキラ輝いて舞い降りてくるので、5体の影がサムの霊魂の五大要素に対応しているという私の説とも合致します。
私は、ブリッジ・ベイビーにはまだ自分だけのビーチや魂と呼べるものがない、というか不完全な状態で、へその緒を通じて、魂が一部欠けた母親のものと共有し、お互いに補い合っている説が一番ありそうだと考えています。こう考えると、のちに出てくるママーのケースも考えやすくなるんですよね。
手錠端末を着けた右手をデッドマンが上げて、保育器(インキュベーター)を起動させると、BB-28のポッドと脳死母の胎内の同期がとられ、ポッド内でひっくり返って痙攣していた BB-28の様子が正常に戻っていきます。そう言えば、BB-28は逆子ですね。
BB-28のポッドには、コードの接続端子が2個付いていて、保育器(インキュベーター)と接続しているときはどちらも使用しています。一瞬、心臓をひっくり返したときの大動脈と大静脈かなと思ったんですけど、いまいちカチッとハマらなかったので、気のせいだと思います。
ポッドの形で推測しやすいのは、棺がモチーフになっている説だと思います。古代エジプトでは死産だった胎児も、ミイラにして棺に入れることがあったそうです。棺桶説が有力になると、今度はブリッジ・ベイビーも元来死者である解釈になってきます。この母子は本当に生死の判断が難しい……。
サムがポッドと接続するときは、スーツの左の脇腹から伸びるコードを、ポッドの前面に付いた端子に接続しています。側面の端子は使用しません。ちなみに、亡きブリジット・ストランド前大統領は、左の脇腹と黒いチューブを、右の脇腹と白っぽいチューブを4本ずつつながれていました。左右で言えば、サムの左と BB-28の右がつながることになります。
ブリッジ・ベイビーのポッド側面の端子は、保育器(インキュベーター)の周りに表示されている虹色の部分と接続するもののようです。この虹は赤が内側で青がないので、まず逆さ虹でしょう。死者の国とつながっている表現ととらえることができます。小説のサムも涙があふれてきたと言っているので、ビーチから流れてきたカイラル物質によるアレルギー反応が出ていると考えられます。左が死で右が生なのかな?
保育器(インキュベーター)が死者の国とつながっているなら、脳死母は定義上、やっぱり死んでいて、「ハー」から「カー」が離れていると考えていいんでしょう。そして、私の案を採用すると、ママーの子がそうしたように、ブリッジ・ベイビーがへその緒を通じてその母親の「カー」を引きとめているのかもしれません。
アメリのことを考慮すると、もしかしたら別の説も考えられるかもしれません。赤ん坊の周りをグルッと囲む逆さ虹は、このエピソードの名前にもなっているアメリが、ローディング中に見せる姿とも共通しています。この一枚絵、背景がビーチっぽいところといい、一度死んだブリッジ・ベイビーのサムを拾い上げて生き返らせたところじゃないかなと推測していたんですが、時系列で考えると、幼少期のサムからもらうキープを着けている時点で、さすが無時間のビーチでもちょっと矛盾点が出てきます。エンディングの当該シーンでも、アメリはキープを着けていませんでした。
もしかしたらサムを筆頭にしたブリッジ・ベイビーというシステムがそもそも、彼らの脳死母をアメリにすり替えることで成り立っているシステムだったのかもしれません。
エッジ・ノットシティの近くまで行くと、クラゲ型の BT が出てきて、アメリが憑依した巨人型 BT 戦でも召喚される様子が確認できるんですが、ちょっと脳みそっぽいという話をしていました。この路線で推測していくと、ブリッジ・ベイビーの母になるために、絶滅体が吸収した脳死母の脳がモチーフになっている可能性も考えられるかもしれません。
さすがブリッジズきっての得体の知れないシステム代表格だけあって、デッドマン先生の簡潔な説明に反して、掘り下げていくとまったく考えがまとまりません。今後のお話をもう一度見ながら考えていくしかないですね。
そんな適当な妄想を繰り広げているうちに、BB-28が目を覚ますと、目の前に笑みを浮かべてこちらを見つめるオッサンが二人いました。絵面がヤバい!
我に返ったデッドマンが「BB はあくまでも装備品でしかない。あまり入れ込むんじゃないぞ」とサムに慌てて忠告しますが、その前の緩んだ顔を見たあとだと説得力がありません。サムは口にしないだけで、BB-28を物扱いするデッドマンに怒りを感じていますが、実際はデッドマンも立場上そうしているだけで、この子にけっこう入れ込んでいるんだと思います。
K2西配送センターまでカイラル通信をつなぐと、1年前にデッドマンがブリッジズ本部に送ったメールが読めるようになります。デッドマンは自分の特殊な生まれのこともあって、死に関心を寄せていて、死体安置所で死体と向き合う仕事をしていました。3年前にブリッジズに迎え入れられてからは、死者の世界をのぞくことができるブリッジ・ベイビーの研究に熱心に取り組んでいます。人間でありながら物でもある彼らは、魂を持たないデッドマンに近い存在です。また、デッドマンは帰還者のサムにも、同じ死という観念から興味を持っていて、小説では会えることをかなり楽しみにしていました。BB-28とサムは、デッドマンにとって個人の問題を投影できる存在で、そこには親近感に近い感情があります。だからこそ、今後ブリッジズと意見が割れた際に、サムの力になれるようにこっそり尽力してくれるようになります。
今後、精神的なダメージを負わないためにも、愛着を持つのはやめろとでも言うように、デッドマンはブリッジ・ベイビーが長くても1年もたないことをサムに告げます。
1年という数字の根拠はよくわかりません。ブリッジ・ベイビーは通常、妊娠後期に入る28週ぐらいで母胎から取り出されて製造されるそうです。そこから1年だと、妊娠や出産のサイクル、胎盤を維持できる生物学的な限界とは関係がなさそうです。単純に、赤子でもだませる限界の期間がこれくらいって感じの設定なのかな?
小説では、BB-28が物扱いされるだけでも、サムは「こいつを見捨てていいわけがない」と苛立ちながら考えていました。さらに耐用期間の話題で、消耗品扱いまでされていることが判明し、「助ける方法はないのか?」と不満そうにデッドマンに質問をぶつけています。デッドマンは苦し紛れに「カイラル通信が繋がって、過去の資料が復元されれば、何かわかるようになるかもな」とサムに返します。こうやって デッドマンの狙いどおり、BB-28はどんどん、サムが第二次遠征隊の任務、すなわちカイラルネットワークの拡大を遂行する大きな動機になっていきます。
サムの質問から攻撃性を感じとったのか、あるいは専門分野でうまく答えを出せなくて居心地の悪さを覚えたのか、デッドマンはサムの血が BT に反応したことをハートマンに相談したと報告してから「とにかく、あんたも休め」と言い残して、そそくさと通信を切りました。体を右に傾けながら「おやすみ、サム」と言うときの笑顔から、以前に名越先生が体癖から診断した「3種」っぽさが感じられるような気がします。
デッドマンのカイラルグラムが消えると、サムは BB-28と部屋に二人きりになりました。なにもすることがないので、言われたとおり、ベッドフレームに手錠端末を固定して休むことにしたようです。前も書いたんですけど、この寝方、私だったら絶対熟睡できません。