第二次遠征隊 a. k. a. 雑用係
まさに社畜!
絶滅に瀕した北米大陸を救う希望の星として、K2西配送センターまでやってきたブリッジズ第二次遠征隊のサム。プライベート・ルームでゆっくり休もうと思ったら、いろんな人が自分の用件を一方的にしゃべり出し始めて、前回は非常事態の報告で強制呼び出しまでくらってしまいました。ゆっくり休めたかもわからないまま、サムは出発の準備をしてプライベート・ルームをあとにします。
プライベート・ルームといつもの配送端末のあいだには、どの拠点にもエレベーターがある構造になっています。サムはいつも、その上りのエレベーターで BB-28と接続し、ナゾの映像をたびたび目にすることになります。上へ向かうっていうのが、なんとなく黄泉の根の国から地上への移動を感じさせますね。
今回の映像は、ナゾの男性がマイクを通して「仮面をかぶった女性」と会話している様子を、ブリッジ・ベイビーのポッドのなかから見ているものです。男性は「これじゃ約束と違う」や「BB だけなら助けられるかもしれないと言った」と口にしており、視点主のブリッジ・ベイビーを救おうとしていたものの、施設側に約束を反故にされそうになっていた状況と推測できます。
「仮面を被ったあなたを、これ以上信じられない」という言葉は、サムがダイハードマンから第二次遠征隊になるように説得されたシーンを連想させます。英語では、“woman in the mask”と形容されているので、こちらの相手は女性だとわかります。女性はマイクを通じて「もう少し時間が必要なの。私を信じて。最善は尽くしている」と答えていて、成果は芳しくなくても、要望に応えようと必死に頑張っているところだと主張するやりかたは、ちょっと前にブリッジ・ベイビーの専門家でありながらサムの「助ける方法はないのか?」の問いに対して「カイラル通信が繋がって、過去の資料が復元されれば、何かわかるようになるかもな」とはぐらかすような答えしか返せなかったデッドマンと共通しています。二人の同様のやりとりは、この後も繰り返されるので、どうもブリッジズを相手にしたサムの心情とリンクしているように見受けられます。
サムが BB-28と接続することで見えるようになるこの男性の映像は、以前の死体焼却所でもサムが置かれている状況とよく似た男性の姿を映し出していました。今後サムはプレイ中、なんどもこのエレベーターでランダムに彼の映像を観ることになります。
初回プレイ時は意識していなかったんですが、もしかしたらランダムだと思っていた彼の映像は、例えばそのプライベート・ルームに至る前に、サムがどれくらい未踏の地に踏み込んだかとか、新しい装備品を装着したかとか、座礁地帯でどれくらい長く時雨を浴びたかとか、お腹タプタプになるまでエナジードリンクでスタミナを回復させたかとか、細かい統計を取って、そのときのサムの状態や心情に一番近い彼の映像が選ばれている可能性だってあるかもしれません。
ネタバレすると、この男性は、前にも書いたように、サムの実父のクリフォード・アンガー、通称クリフで、視点主が幼いサムです。サムが見ているのは、BB-28を介した自分の幼い記憶の追体験です。
エレベーターで上階にたどりつくと、タイミングよくブリッジ・ベイビーの専門家、デッドマンから通信が入ります。BB-28はストレスがかかり続けると、また同じ自家中毒症状を引き起こしてしまうので、症状が悪化する前に、ポッドを揺らしたりしてあやしてやれとのことです。
BB-28をあやす行動は、彼女のストレスゲージが通常のゲームプレイ要素としてゲームに組み込まれているので、道中 BT に遭遇したり、サムが転倒したり、水中に沈んだりして、BB-28がストレスを感じるごとに必要になってきます。
ただ、K2西配送センターに駆け込む前もそうだったんですが、いったんストレスゲージが尽きて自家中毒を起こしてしまうと、ポッドがブラックアウトしたまま外部からの干渉を受け付けなくなってしまいます。こうなるとプライベート・ルームで休むまで彼女の復活は見込めません。デッドマンの通信は、このシステムの簡易的な説明になっているんですね。
やはり BB の記憶があんたに向かって逆流しているんだ。それがあんたに幻覚(フラッシュバック)を見せている。
デッドマン
サムが BB-28との接続時に「何かが見えるんだ」と明かすと、デッドマンはそれを「BB の記憶」と断言します。物語が終盤まで進むと、これは誤りで、実際はサムの幼い記憶が BB-28との接続でよみがえっていることがわかります。
小説『デス・ストランディング』では、この幻覚(フラッシュバック)のシーンで、男がポッドに手を伸ばすごとに、サムは恐怖を感じて「逃げたい」と感じています。「その手にすべてをつかまれて、すべてを奪われてしまう」感覚がすると述べています。BB-28もクリフォード・アンガーに恐怖を感じてサムの胸元で泣いています。サムは自身も恐怖を感じながら、「おれが守ってやる。おまえを誰にも奪わせない」と BB-28を必死で守ろうという決意を見せます。ただ、このセリフの言い回しも、幻覚のなかで視点主のブリッジ・ベイビーに向かってサムの実父、クリフが口にする言葉とよく似ているんですよね。
クリフォード・アンガーが作中どういう意図で配置されているのかは、私の勝手な推測でしかありませんが、おそらくサムの霊魂のひとつ、「シュト」を完成させるために必要な存在だったんじゃないかと考えています。絶滅体のブリジット、あるいはアメリは、彼の霊魂を意図してビーチに残し、サムのためと称して両者を対面させようとしていました。たぶん、息子に父親の背中を越えてほしかったんじゃないのかなという気がします。
サムは養母のブリジット・ストランド前大統領に女手ひとつで育てられて、男親というものを知りません。このジェンダーフリーの時代に時代遅れなことかもしれませんが、子供の成育環境を考えると、親の生物学的な性差には、心理学的に今も無視できない影響力があります。男の子が自身の進むべき道を考えるうえで、親父の背中はやはり無視できない存在なのだと思います。ただ、クリフォード・アンガー自身は自分の親としての資質に自ら疑問符を付けて、息子のサムには、オレのようになるな、母親の姓を継いで、人と人を結ぶ架け橋(ブリッジ)になれと、息子の将来のために自分が身を引くような言動をとっていました。その言動は一方向で、作中の成人したサムには届いていません。BB-28は、その声をサムに届けようとしています。
サムの影となる「シュト」候補で私が真っ先に挙げたのが、敵対者のヒッグスです。彼は母を亡くし、伯父に虐待されて育てられました。いわば、男親との問題を抱えたまま大きくなってしまった存在がヒッグスです。サムがヒッグスと対になると、サムもクリフォード・アンガーとのこじれた関係を乗り越えられなかったことになってしまいます。それはサムがホモ・ディメンスに落ちぶれることも意味しています。サムがクリフと対峙するときに感じる恐怖は、自分の血に受け継がれている男親の暴力的な性質と向き合わなければならないからかもしれません。だからブリジットは養母では代理が務まらない実父の魂を残して、サムに一皮むけるチャンスを与えることにしたんじゃないでしょうか。父親のことを理解し、受け入れ、その存在を乗り越えることは、サムが人の親になるうえでも重要なことで、だからこそ亡き我が子のルーを投影した BB-28との関係とも密接に関わっているんだと思います。
BB は28週間前後で脳死母(スティル・マザー)から摘出され、そのまま BB ポッド内に移される。生命として誕生する前にな。その段階で成長が止まる。だが、この時点で視覚や聴覚などの五感は、ほぼ形成されているんだ。
デッドマン
デッドマンはブリッジ・ベイビーについて、五感の形成が終わる妊娠後期の28週前後でポッドに入れて製造されると説明しています。そして、ポッドに移された段階で「成長が止まる」と言っています。成長が止まるのは、絶滅体のアメリなど、時間の概念がないビーチの存在に言えることです。前にブリッジ・ベイビーと脳死母は生きているのか、死んでいるのかという記事を書いたんですが、やはりブリッジ・ベイビーは定義上、死んでいる存在なのかもしれません。
この後は、例の「成果は芳しくなくても、要望に応えようと必死に頑張っているところだ」と主張するやりかたでデッドマンがサムとの通信を切ります。ブリッジ・ベイビーについては、以前に盛んに研究されたあと、ずっと封印されていた過去があると説明されていて、その中身が「ブラックボックス」に例えられています。この世にたしかに存在しながら、BT と同じあの世の存在なら、間違いなく真っ黒黒でしょうね。
小説によると、ブリッジ・ベイビーのテクノロジーは、旧政府のシンクタンクに保存されていた記録を分離過激派のテロリストがハッキングして先に入手していたもので、それに気づいたブリッジズがあとからテロリストに習う形で導入し始めたというウワサも出回っているらしいです。少なくとも、サムが昔にブリッジズに在籍していた当時は、まだ組織内で装備品として支給もされておらず、話題にのぼることすらなかったそうです。いかに得体の知れない技術かという話ですが、サムがブリッジズの中心にいたときにブリッジ・ベイビーが運用されなかったのは、たぶん、失われたサムの存在を補うためのベイビー総動員だったんじゃないかという気もしますね。本当は、ブリッジ・ベイビーはサム一人、あるいはサムの血筋だけで十分だったんじゃないかな。けっきょくサムが特別すぎて、ベイビー総動員でもサムを補えなかったから、こうやって無理やり呼び戻して第二次遠征隊にした、みたいな流れを想像してしまいます。
デッドマンとの通信を終えて、配送端末にアクセスすると、担当者のベンジャミン・ハンコックさんが、非常事態の呼び出しをした経緯を説明してくれます。どうやらここのカイラル・プリンターを動かそうとしたら、カイラル通信に接続するための部品が足りておらず、動かすことができなかったそうです。……それって、急いでサムを呼び出すほどの非常事態なの……?
ということで、足りない部品を調達しに行くんですが、その部品があるのが、ここに来る途中にちょっとだけ遭遇したミュールたちの別のアジトのようです。よって、この任務でサムは作中初めて生身の人間相手に渡り合うことになります。
配送端末で受注できる配達依頼を確認すると、新しいものが2件追加されていました。さっきベンジャミンさんからもお願いがあったとおり、順番に No. 7の「ミュールに奪われたカイラル・プリンター接続ユニットを取り戻せ」からやっていきます。南の崖の斜面を登った先にあるミュールの集荷基地からカイラル・プリンターの部品を奪い返してこいという依頼内容です。ところで、これって、もはや雑務では? サムの仕事って、Qpid でカイラル通信をつなぐことなんじゃないの? ブリッジズには警備担当の戦闘要員もいるんだから、正確にはそっちの担当なのでは? こうしているあいだにも、もっと西の拠点の人たちは、サムの到着を絶望のなかで待っているんでしょ?
今回の依頼を受けると、ママーが建設装置で建てられるものの種類を増やして、簡易観測塔も好きな場所に建てられるようにしてくれます。簡易観測塔の機能は、以前のプレイ日記にも書いたとおりです。これでオドラデクのセンサーよりさらに遠くの荷物をチェックして、ミュールたちの居場所や荷物がまとめられているポイントを割り出せということらしいです。ミュールは荷物に固執しているので、だいたい一人1個は荷物を持ち運んでいます。動く荷物があれば、それがミュールの人員だと判断できる寸法です。
端末で受注手続きを終えて、K2西配送センターから出発すると、カイラル通信に接続できたおかげで、まだ行ったことがない南側にも道ができていることを確認できました。この足跡は緑色なので、インターネットを介してつながったほかのプレイヤーの別のサムが往来した道だとわかります。ここから先は急な坂道や崖が多くなる地形なので、荷物が多いと意外と転けやすいんですが、この道の上をたどると不意に滑ることがまずなくなります。ありがとう、Mr. サムワン!
小説では、カイラル通信につなぐ前、K2西配送センターに初めて到着したときに、この草地がはげて土がむき出しになった「プリミティブな獣道」にサムが言及する場面があります。
サムが来る前にも何人もの人間がここを歩き、土地を踏み固めたのだろう。原野に建てられたステーションやセンターなどの人工物よりも、こうした獣道と出会ったときのほうが、ほっとする。
小説『デス・ストランディング(上)』
誰かがここを通過したのだという痕跡、時間の積層がサムの孤独を慰めてくれる。
いまここで目の前の人と手を結べない接触恐怖症の自分は、いつかどこかですれ違った人としかつながれないのか(ねえ、サム。私とならば手をつなげるの?)。
小説の記述に目を通すと、サムは接触恐怖症を抱えながら、けっこう孤独感に苛まれていることがわかります。ほかのポーターや、ほかのプレイヤーのサムとの接点が感じられるこうした獣道は、サムにとって癒やしとなっているようです。それがゲームプレイの要素として取り込まれているのは、よく考えられているなと思います。
名越康文先生の体癖論による分析動画では、サム(を演じるノーマン・リーダスさん)は、本来ならわりと対人関係でお節介な性格をしている7種なんじゃないかと指摘されていました。対人恐怖症がなければ、人の輪のなかに率先して入っていって、競争のなかに身を置くことも得手としていたタイプだったのかもしれません。
ここの小説の記述は、サムの心情がわかる以外に、最後に括弧付きの異なる字体で挿入された絶滅体の言葉で、サムがアメリに対して接触恐怖症を発症していない事実も明らかにしています。この点は以前から私が気にしていたことなんですが、小説では北米大陸でもビーチでも、サムの接触恐怖症は絶滅体のアメリに対しては発症しない法則があるようです。北米大陸ではアメリの接触を拒んでいるゲームでも、ビーチにいるアメリ相手には発症していません。
なにか世界観の設定に関連しているのかと考えていたんですが、そもそもサムの接触恐怖症は、親密な関係になった相手に性欲を覚えるデミセクシャルの傾向を抑え込もうとする心理に由来しているという亡き妻の診断があります。対して、ブリジットやアメリは性を超越した博愛精神の塊みたいな、もっとパンロマンティックな傾向があるようです。
この物語の根幹に性的な要素が絡んでいるのは確かだと考えています。生命は繁殖を繰り返し、新たな命を産み育てて進化することで繁栄してきました。これは絶滅とは対になる現象です。性欲は自分の遺伝子を残すためのものです。以前にも私は、アメリがサム相手に女の部分を出してきていると何度か書いてきているんですが、アメリの恋愛的指向や特質からすると、彼女としては案外その気がなく、サム目線だからそう感じることなのかもしれません。
小説の冒頭で、標本のように瓶詰めにされたブリッジ・ベイビーのサムが、クジラの鳴き声を聞く場面があります。
遠い場所で、鯨が哭いている。求愛の声だ。
小説『デス・ストランディング(上)』
――どうしてそう思うの? あれは哀しくて泣いているのかもしれないでしょう?
性愛によるものと直感で感じたサムに対して、異なる字体で書かれた絶滅体の言葉は「哀しくて泣いている」可能性を示唆するものでした。クジラの言動の由来となる感情の認識が初っ端からズレています。おそらく絶滅体からすると、人肌恋しくてさみしいからなんじゃないでしょうか。
サムが持ち歩いていた古い家族写真には、養家の姓を使った“Be stranded with love(絆と共に)”という手書きのメッセージが書き込まれています。このゲームのテーマに合わせて直訳すると「愛で座礁して」であり、ビーチの座礁鯨が愛によって雁字搦めになった結果、自ら浜に乗り上げていることが示唆されています。きっと絶滅体がほしいのは性愛ではなく、愛なんでしょう。
これは生者の国と死者の国という今作の舞台を考えると、理にかなっていると言えます。生者の国の北米大陸には時間が流れるので、個体には肉体的な寿命があり、その対応策として自身のコピーを産み出し、新たな命を育むようになりました。繁殖は肉体を持つ生者の国だからこそ求められる行為です。いっぽうで、時間が流れない死者の国では、個が永遠に存在し続けられるので、コピーを残す必要がありません。その代わり、繁殖によって促される進化というものがほぼ頭打ち状態になっています。ハートマンも前回閲覧できるようになったメール文書で、不確定な未来を思うからこそ、生命は進化してきたと仮説を述べています。現状維持でいいなら、今に悩みはないはずです。でもアメリは浜で座礁して途方に暮れています。愛というストランドで雁字搦めになっています。
アメリと言えば、肉体を持たないビーチの存在です。肉体(ハー)というものは、生者が持つ特徴であって、このデス・ストランディングの世界では生者の国である北米大陸にだけ存在するものです。死者の国に属する彼女は、肉を持って子を成すことができません。サムが肉欲ゆえに肉体への接触を避けているなら、対象外とも言えます。
サムは一度ブリッジ・ベイビーとして死んでいます。おそらく北米大陸に戻されたときに、欠けた魂の一部を絶滅体のアメリに補われるなりしていて、じつはビーチに近い存在になっているんじゃないかという解釈もできます。サムが死ぬと向かう結び目は、アメリのビーチとつながっていました。元ブリッジ・ベイビーであり、元死者であるサムが、ビーチの存在としての隠れ属性も持っていて、半分座礁体のように北米大陸で活動しているなら、生者の肉体(ハー)に触れることは対消滅(ヴォイド・アウト)のリスクもはらんでいます。サムはこれまでも、自分が爆発で死ぬことがないにもかかわらず、周りへの影響を考えて、対消滅は必死で避けようとしていました。同じ肉体への接触をトリガーにして、性衝動の禁忌と対消滅の禁忌が並べられるのなら、対消滅こそ、ビーチの存在にとっての繁殖行動なんじゃないでしょうか?
BT が生者を求めてさまようのは、なにも本能的な攻撃性や破壊衝動からではなく、むしろ反対の親愛の情に近いものからじゃないかという推測がゲーム内にも登場しています。BT が動くたびに表示される開かれた手の平は、人を拒絶する拳とは反対に、他者とのつながりを求めて伸ばされる手の形です。愛を求める衝動は、ビーチを牛耳る絶滅体の傾向と同じです。
昔 爆発があった
サム・ポーター・ブリッジズ
この宇宙は 爆発で生まれた
昔 爆発があった
この星は 爆発で生まれた
昔 爆発があった
この生命は 爆発で生まれた
そしてまた 爆発が起こる
サムはゲームの冒頭で爆発ポエムを詠み上げています。この宇宙も、この地球も、この生命も、みんな爆発で生まれたと定義されています。星がその命を終えるとき、超新星によってもたらされた莫大な爆発のエネルギーで、また新たな物質や星が生み出され、次世代のものが形作られていきます。ビーチの存在にとって、爆発そのものが、種の繁栄や進化を促す繁殖行動なのかもしれません。たぶん、アメリに性欲がないわけじゃなくて、その末に求める行為が、肉体を持つ生者とはまた違うんだと思います。むしろデス・ストランディングって、絶滅体の発情期みたいなものなんじゃないかな?
あのイゴール先輩の大爆発が、アメリの性衝動が爆発した末の繁殖行為だとしたら、イゴール先輩はまたもやサムに先駆けて、絶滅体のアメリとつがいになった男ということになります。むしろカマキリのオスみたいな印象がありますけどね。
サムはこの後、フラジャイルのジャンプ能力を使ってビーチに行くことができるようになりますが、彼女の説明によると、ビーチに行くには強いつながりが必要です。ビーチは物質的な空間ではなく、もっとスピリチュアルな場所です。思い入れがあるものや、愛着があるものを強く呼び寄せます。その結びつきは、ビーチを経由するカイラル通信をつないだときに出る白いヒモ状のエフェクトと同じで、アメリの姓であるストランドで視覚的に表すことができます。アメリはストランドで自分が愛するものをビーチに引き寄せて、その果てに途方に暮れていると考えられます。そこには、BT のへその緒も含まれるんじゃないでしょうか?
のちのちサムの対 BT 兵器がどんどん追加されて、BT の臍帯を切って撃退できるコード・カッターが登場します。臍帯を切って BT を倒すと、その BT から「いいね!」がもらえます。つまり、ああやって北米大陸で座礁している状態は、彼らにとっても不本意なのかもしれません。ちなみにこのコード・カッター、作中登場して最初に切る臍帯は、ママーの愛娘とのつながりです。愛するものをつなぎ止めるストランドと解釈できると思います。
ネクローシスの工程をもう一度振り返ると、死体収納袋の腹部から黒いタールが漏れてきて、黒いへその緒が先に出現していました。この時点でビーチにいる絶滅体とのつながりができているのかもしれません。そして死体がタールに沈んで没収されると、ネクローシスの完了です。帰る肉体を失った魂は BT として北米大陸をさまよいます。
ただ、死体をきちんと火葬すると、魂はちゃんと自分に肉体がないことを悟ってあの世へ行きます。タールに死体が沈んだ場合だけ、ネクローシス、つまり外的要因による細胞の事故死を引き起こして、BT になります。あの世の海を満たす黒いタールに死体が消えたときだけ、肉体の損失をうまく認識できないなら、ビーチに肉体が没収されたときに、わざと魂が混乱するように絶滅体に細工されているのではないでしょうか?
ビーチから臍帯というストランドを通じて、北米大陸をさまよう魂を使役できるようになった絶滅体は、愛を求める性衝動に駆られて、肉体を持つ生者の性行為のように、爆発を起こすために彼らにつがいとなる生者を探させます。ただ、アメリには本当に絶滅を引き起こすべきか悩んでいる節がありました。彼女も自分の一種の性衝動によって、愛すべきアメリカ市民が苦しむことを本望としていませんでした。きっとサムの接触恐怖症のように、生者と接触してはいけないというサムと対になるトラウマが、アメリにもどこかあったのではないでしょうか?
Qpid の考察に関連して、ローマ神話のキューピッドはギリシア神話のエロスに相当し、エロスは性愛を司るので、生者の肉体を象徴していると書いたことがありました。その対になるのが、キューピッドの妻となった人間の娘のプシュケーで、その語源は「息」であり、転じて「生命」や「魂」を意味するようになった言葉でもあります。この概念は古代エジプトの「肉体(ハー)」と「魂(カー)」に似ています。それは死ぬことがない圧倒的生者特質のサムと、肉体を持たないビーチの存在のアメリの対比にも当てはめることができます。
もうひとつ、Qpid つながりの考察で指摘していたのが金属の色です。キューピッドが放つ矢には2種類あって、金色は刺さった者に激しい恋情を植え付け、鉛色の場合は反対に、恋心が芽生えないようにしてしまいます。Qpid はカイラル物質が山ほど練り込まれた物質ですが、カイラル結晶とは違って鉛色をしています。このことから、ここまで述べてきた子孫を残そうとする性衝動を抑える機能を持っていると考えられます。アメリに対して機能しているとなれば、それは絶滅を避けることを意味していると考えられますし、北米大陸に対して機能しているとなれば、絶滅を助長する機能があると考えられるんでしょう。
対になる金色のものはなにかと探せば、上のネクローシスを起こした死体の金色のマスクだってそうですし、コード・カッターの刃もそうなんですけど、身近な「まさにコレ!」というものがカイラル結晶でしょう。カイラル結晶はカイラル物質の濃度が高い、つまりビーチに近い場所で、地面から伸びた人の手のように形成されます。ビーチに近い場所で、ビーチから流れてくる物質で構成されていて、激しい恋情を表す色をしていて、さらに地面の下から両手を伸ばしているなんて、まさにここまで書いてきた「デス・ストランディングは絶滅体の発情期」説を象徴しているような特徴がそろっています。
話がともすれば下ネタに発展しかねない方向に盛大に逸れてしまいましたが、カイラル物質については次回の配達依頼で詳しく取り挙げるので、そろそろもとのミッションの話題に戻ります。ミュールの集荷基地近くに来たついでに、崖下の洞穴にあるメモリーチップも回収しておきます。Mr. サムワンがロープを設置してくれていたので、簡単に気づいて取ることができました。ありがとう、Mr. サムワン!
このあとはこの崖上に出て、簡易観測塔を設置して、ミュールの動きを観察しながら、ミュール・ポストからお目当ての荷物を頂戴します。ぶっちゃけ簡易観測塔はなくてもなんとかなりますが、せっかく支給されたので、ちゃんと使っていきましょう。
ミュールの荷物が収納されているポストをハッキングして開くと、お目当てのカイラル・プリンター接続ユニットが見つかりました。30kg だよ! その下にはベンジャミンさんの落とし物がいくつか奪われているので、全部一緒に持って帰ってあげることにしました。さらに下段にはみんなの鈍器、素材が詰まった全壊の荷物ケースが並んでいました。数キロの荷物ケースを顔面にぶつけられたら、そりゃ気も失うよね、人間だもの。
初回プレイ時は崖から下りる最中に見つかって、わらわらミュールが集まってきた記憶があるんですけど、今回はおとなしく背中を向けて座っていてくれたのですんなり縄(ストランド)で縛り上げることができました。ミュールへの対処は、こうやってステルスで一人ひとり気絶させて安全を確保するのが理想なんだと思います。
縄(ストランド)は安部公房の『なわ』の考察にも書いたとおり、衆生救済の象徴だと解釈しているんですが、敵対者に対して使う武器としては、どういう差があるのかいまいちわからずじまいです。この後、サムは銃も携帯できるようになるんですが、その弾にも非殺傷タイプのゴム弾があるので、単純に棒と縄を非致死性兵器の差として解釈することはできないんですよね。ゴム弾で撃たれてもミュールのホモ・ゲシュタルトとしての本質は変わらないけど、ひもで縛り上げられると配達依存症がちょっと治るとか? んなバカな。
残りのミュールもストランドで颯爽と片付けようと思ったんですが、背後から近づこうとしたときに振り返られてバレてしまったので、おとなしく殴り倒すことにしました。アクション下手を自覚している私の基本プレイは、1周目いつもこんな感じでした。見つかったあと、性懲りもなくまた草むらに潜んだりしています。
今回は難易度がハードなので、正面から殴り合っても、サムがミュールに殴り負けてしまうかもという懸念がありました。実際は、タイマンならちゃんと拳でも渡り合えそうです。ただ、ミュールの体力がノーマルよりあるので、一連の殴打が終わっても、もう一度間髪入れずに殴りかからないとノックダウンまでは持っていけないみたいですね。とは言え、拳で語るプレイスタイルの持ち主としては、少し安心しました。
気がつけば、基地にいるミュールは全員気絶させられたようです。ここの基地って、こんなに少なかったっけ? ともかく、これで安心して K2西配送センターに戻れるようになりました。
このミッションを続けているあいだ、ずっとダイハードマンが通信で自分のミュールに関する知識を語って指示を出し続けてくれるんですが、ここの帰り道で語る学識は、ミュールの基礎知識にもなると思うので、のちの考察のために文字に起こしておこうと思います。ちょっと前回カイラル通信で閲覧できるようになった過去の文書と被る内容もありますけどね。
ミュールは『配達依存症』の集団だ。以前、世界はネットワークで繋がった。配送する荷物の仕分けや、システムの運営は AI、配達は無人機(ドローン)が担当していた。人々は配送業務から完全に解放された。しかし配送革命も、以前から言われていたようなシンギュラリティも起きなかった。自動化を極めた反動が起きた。人が不在の配送やサービスは、人を不安にした。そこで配送システムの運営も配達も、以前のように、やはり人が関与するように変更されたんだが、それが配達依存症を生んだ。ミュールの生き甲斐は荷物だ。他人の荷物を奪って生きている。ミュールにとって、配達人は恰好の餌食だ。荷物を盗られてはならない。
ダイハードマン
ミュールについては以前に取り挙げたので、今回は詳しく掘り下げません。ただ、サムもブリッジズ代表の配達人をしている以上、「運び屋のほうが気が楽だ」なんてことも言っているし、さらに言えば社畜だし、組織ごとホモ・ゲシュタルト化する危険性もなかったわけじゃないので、ホモから始まる人間のさまざまな顔は、すべてサムがなりえた人間のありかたを表しているのかもしれませんね。
取り戻してきたカイラル・プリンターの接続ユニットを K2西配送センターに納品すると、ベンジャミンさんから感謝されたあと、サムの装備品にブリッジズ制式ブーツが追加され、手持ちのブーツを履き潰しても新しいものをカイラル・プリンターで調達できるようになりました。初回プレイのときは、道中の落とし物を拾ってウロチョロしまくっていたので、ここまで来るあいだに2足目のブーツが壊れる寸前で、「遅いよ~!」と思ってたんですけど、2周目やるとそうでもなかったですね。
納品の手続きや新しい装備品の説明が完了すると、最後にハートマンがホログラムで姿を見せて、カイラル通信について簡単に説明してくれます。ハートマンの姿って、地味にレアですよね。ここに来るまでよく、プライベート・ルームなどでいろんなことを説明してくれるんですけど、そのほとんどが声だけで、こうやってホログラムでもしゃべる姿がきちんと確認できるのは序盤ではめずらしいと思います。そのせいで1周目なんて、だれがだれだか像を結ばず、ほかのキャラクターと混同したりしていました。
ハートマンはカイラル通信がゼロ時間大容量通信を実現しているのは、時間の概念がないビーチを経由しているからだと説明します。それは膨大な処理時間を逆算して、過去に情報を送るようなシステムで、「タイムマシン」にも例えられています。しかし、この世界の最先端テクノロジーあるあるで、その詳しい原理はナゾに包まれているそうです。だからこそ危険も伴います。ビーチは北米大陸の敵である BT たちが流れてくる場所です。カイラル通信を広範囲でつなぐことで、北米大陸とビーチのつながりが強くなり、デス・ストランディングの怪奇現象に拍車がかかったり、BT の数が増えたりすることは容易に推測できます。実際に、この後の話の展開で、カイラル通信は想定されていた以上の影響をもたらします。
小説ではカイラル通信について、デッドマンの描写で以下のように語られています。
カイラル通信――その起源がどこにあるのか、デッドマンは知らなかった。彼がこの組織に迎え入れられた頃には、構想から実証の段階に突入していた。アメリカ建国の時代から、この国のインフラ建設に多大な貢献と関与をしてきたブリジットの祖先――ストランド一族の誰かが、デス・ストランディング現象の前後に構想し、それをブリジットがアメリカ再建のために実現化させた。そんな噂を聞いたことがあるが、真偽は定かではない。ただ、実現の陣頭指揮を執ったのがブリジットだったことだけは間違いない。
小説『デス・ストランディング(上)』
ゲーム本編でもママーとロックネの双子通信から着想を得てブリジットが作らせたという話が聞けます。絶滅体というビーチに精通した存在だからこそ、考えつけるシステムなんでしょうね。
次回はこの話の延長で、カイラル物質を座礁地帯から拾ってくるもうひとつのミッションをやっていきたいと思います。