ストランド家、家訓!
名は体を表すらしい。
久しぶりに再会した義母を火葬したあと、彼女の跡を継いだ義姉に、じつは西海岸で武装テロリストに捕まっているから、助けに来てほしいと前回お願いされた運び屋のサム。しかし、過去に家族で大もめして養家を飛び出した過去を持つサムは、義母を無事に火葬できたことで、もう家族のつながりはなくなったと言い切って義姉のお願いを突っぱねてしまいます。今回、諦めが悪い義姉は、サムの夢にまで追いかけてきて、説得を続けます。
前回、話し合いが決裂したあと、義姉アメリの腹心であるダイハードマンに「少し休んだらどうだ?」と提案されていたので、サムは言われたとおりにプライベート・ルームあたりで寝ることにしたようです。気が付くと黒いビーチに横たわっていました。そこに見慣れた真っ赤なヒールが歩み寄ってきます。
この黒いビーチには、以前も、その前にもアメリがいたので、ここはサムが幼少期に、義母ブリジットより長く家族の時間を過ごしたアメリのビーチなんだと推測できます。
前々から書いてきたとおり、サムは養家のストランド家と修復不可能なほど仲違いをして出奔した過去を持っており、その背景というのが、どうもアメリカ合衆国の大統領という多忙な義母ときちんとした親子の関係を築けなかったからのようでした。サムはおそらく本心では、ブリジット・ストランドという女性に、もっと自分の母親であってほしかったんだと思います。彼女の最期を看取ったときは、大統領執務室に呼び出して、大統領としてああしろこうしろと自分に指示を出す義母に、サムは苛立ちを募らせながら抵抗していましたし、遺体を焼却所に運ぶ最中も、自分が運んでいるのは一国の大統領ではなく、一人の女性だと思い込もうと努めていました。サムは自分から母親を奪った大統領という仕事を嫌悪していました。ある意味、母国に母を奪われた男です。
母親になるには忙しすぎたブリジット・ストランドに代わって、サムの保護者としてその心の隙間を埋めたのは義姉のアメリでした。ネタバレすると、アメリはブリジットの魂の片割れなので、ほぼ同一と言い切っていい存在です。そんなアメリはブリジット同様に、サムにお願い事をするにあたって、まず大統領執務室で次期大統領として彼に語りかけていました。おそらくこれ、母の二の轍を踏む行為だったんだと思います。アメリもサムの扱いがまだまだということですね。
ビーチで「サム?」と呼びかける聞き慣れた声に気付いて、サムが顔を上げると、日の光を遮るようにまっすぐアメリが立っていました。驚いてサムは上体を起こします。
サムはそのまま立ち上がるでもなく、自分に影を落とすアメリを砂浜に座り込んで見上げています。その姿には、いい歳したおっさんに成長した今でも、義姉の前では砂浜に座り込んで泣いていた子供のままなのだと感じさせる関係性の名残があります。
もう一度書きますが、忙しい養母と違って、義姉アメリのビーチは、サムが家族の時間を長く持てる場所でした。こここそ、サムが子供として、年長の家族のメンバーに甘えられる空間だったと解釈できます。一般家庭の普通の子供なら、親が手料理を食べさせてくれたり、温かい食事をとりながら何気ない日常会話を通じて小さな相談事ができたりするダイニングやキッチン、あるいは学校や習い事の送り迎えをしてもらった自動車のなかだったりといった、温かな家族の絆を大人になってから振り返って感じることができる場所が、サムにとってはこのビーチなんだと思います。だから、大統領執務室で失敗したアメリが、この場所で交渉を仕切り直したのは、サムの心情的には正解だったんでしょう。
砂浜に座り込んだサムに向かって、アメリは子供相手に視線を落とすように少し前屈みになりながら、「サム、あなたはサム・ストランド」と「ストランド家の子供でしょ」とでも言い聞かせるように言います。この状況はたぶん、多くの人にとって子供時代に「宿題しなきゃダメでしょ」とか、「自分がされてイヤなことをお友達にしちゃダメでしょ」とか、親、それも母親のような年長の家族の女性に言い聞かされたときと同じ感覚に戻る構図なんだと思います。
サムは目線を下に落として、決まりが悪そうに自分は「もう、サム・『ストランド』じゃない」と、今はもうストランド家の一員ではなくなったと、彼女の言葉を否定します。
そして「今はサム・『ポーター』・ブリッジズ」だとアメリをそろそろと見上げて言います。ちょっと彼女の顔色でもうかがっているようです。
前回のサムは、アメリとダイハードマンに協力を迫られて「俺はサム・ポーター・『ブリッジズ』」だと断ったうえで、「『ストランド』家の人間じゃない」という理由で彼らのお願いを突っぱねていました。また、大統領執務室を去る際には、目の前に立ちはだかるアメリに「ほら、俺たちは繋がっていない。昔も今も」という強気な捨て台詞も残しています。
似たような言葉でありながら、アメリのビーチで童心を取り戻した今回のサムは、昔は自分もストランド家の一員であったことを認めるようになっています。「昔も今も」つながっていないと言い切った威勢のよさが消えています。子供ながらに怖い夢を見て姉に泣きついたビーチにいては、大の男も成長過程で目の前の人間にお世話になった事実までは否定できないんでしょう。
また、サムが自称する名前の強調される場所も「ブリッジズ」から「ポーター」に変化しています。サムは養家のストランド家を離れ、実母のブリッジズ姓を名乗っていましたが、サムにとってはブリッジズ家もまた、現段階ではなにも知らない、親の顔すらろくにわからない、強いて言えばストランド家以外ならなんでもいいと候補に挙がったような、なんのつながりもない名前だったんだと思います。ビーチで正直にアメリに話せるようになった彼は、ストランド姓への反発心で重視していたブリッジズ姓に重きを置くことをやめ、ただの運び屋、ポーターであることをひときわ重視するようになっています。サムはもう、家族の問題、とりわけ心を許した親しい人間との不和で問題を抱えるのはご免だと考えているようです。問題が起こる前に距離を縮めない、つながらないのが、彼の今の生きるスタンスなんだと思います。なんというソーシャル・ディスタンス!
ビーチに呼び出すオカン作戦で、またもや失敗してしまったアメリ。しかし彼女も母親業の経験者です。これくらいで折れてしまっては男の子なんて育てていられません。ここで誇り高きストランド家の謂れをサムに説き始めます。こうなってはとことん情に訴える作戦でいくことにしたようです。
「ストランド(strand)」という言葉には三つの意味があり、十中八九この物語の根底に関わっています。この英単語はもともとゲルマン系や北欧の言語から派生した言葉で、「岸」や「砂浜」を意味するものでした。
アメリが挙げる「ストランド」の意味は、まず「絆」です。名詞の「ストランド」には、ひもや糸のような基本的なイメージがあり、類似語のなかでも、とくになにかを構成する「より糸」の意味合いが強い単語になっています。DNA のらせん構造を表す際にもこの単語が使われます。この名詞の使いかたは、15世紀後半のゲルマン系言語で「毛の束」などといった意味合いで定着し始めたのが起源のようです。なにかを形作るひも状のものというイメージから、アメリが言う「絆」という意味が生まれています。
この物語で言えば、単純に人と人とをつなぐ橋の「ブリッジ」にも似たイメージがあると思います。「ブリッジ(bridge)」はサムの育ての親ブリジット(Bridget)の名前にも含まれているほか、複数形にした「ブリッジズ」がサムの生家の姓であり、ブリジットが彼に率いてもらおうと立ち上げた組織の名前にもなっています。
アメリはサムからもらったキープと呼ばれる象徴的なペンダントを身に着けています。これも人と人、とくにサムとアメリの家族のつながりを象徴するものであり、これもそういう意味では一つひとつがストランドでもあるわけです。ブリッジと違って、ストランドはこれらを編み上げて、もっと大きなものを構成するパーツになるという差があるかもしれません。
その次が現在進行形で表されている「ストランディング」の「座礁」という意味です。もともと原形の動詞「ストランド」には自動詞としても他動詞としても「座礁する」あるいは「座礁させる」という意味があり、同時に暗礁に乗り上げた船のイメージから、二進も三進もいかない状況で雁字搦めになったり、立ち往生したりする状況を指すようにもなっています。この使いかたが広まったのは17世紀前半のことで、もともとの名詞「ストランド」が持つ「岸」や「砂浜」といった意味合いから広がっていったもののようです。
このとき、アメリのビーチに集団で打ち上げられているクジラの大群が画面に映し出されます。
最後にアメリが「ストランディット」と受動態で表したのが、上の座礁のイメージを拡大解釈して使われるようになった形容詞的な分詞「途方にくれる」という意味です。アメリのビーチに打ち上げられた大小さまざまなクジラたちは、陸に乗り上げて、もはや自力で脱出することもかないません。あとは死を待つだけです。
アメリは2番目と3番目の意味を使って、自分は「今、西海岸で『座礁』したまま『途方にくれて』いる」と、サムに自分の置かれている状況を説明します。まあ、今二人がいるここが本当に西海岸かどうかはあやしいですけどね。
そして1番目の「絆」という意味を使って、何千マイルと離れても、二人のあいだには変わらないつながりがあると言い表しました。そのあいだ、わざわざサムが首からぶら下げているドリーム・キャッチャーをはずして、手に持ち直させています。このドリーム・キャッチャーは悪夢を見て泣く幼いサムのためにその昔、アメリが与えたものでした。今も肌身離さず持っているということは、サムが心のなかでアメリとのつながりをまだ断っていないこと、あるいはアメリの保護下から今でも離れられずにいることを如実に表しています。
「あなたは自由よ。だけどつながってる。それを否定しないで」という、サムの自由を尊重していながら、どこか拘束力がある言いかたは、今際の際にサムに対してブリジットが言い聞かせたそれにもよく似ています。
サムはもともと信頼関係を築けた人間に対して、とことん心を開くタイプで、人の期待に応えたいという気持ちも大きいほうの人間だと私は考えています。こうやって懇々と困った家族、しかも女性に頼まれたら、どんどん断りにくくなること必至だと思います。
ここで初めて、初登場時と同じように虹とともにアメリの顔がしっかりと画面に映ります。これまできちんと正面から映さなかったのは、相手の顔をしっかりと見据えて話しにくいサムのほうの心情をふまえてのことかと思ってたんですが、ドリーム・キャッチャーをもらう幼少期の対話シーンでも映っていないので、もしかしたら絶滅体の母としての顔がなにか社外秘の特許になっているのかもしれません。
アメリはサムに助けを求めながら、涙を流していました。その涙は、これまでのようなカイラル物質のアレルギーではなく、本当にサムに助けてほしいんでしょう。あるいは、女の泣き落とし技かもしれません。
もうひとつ特筆すべきなのは、これまで目を引いていたアメリの赤いドレスが、このシーンだけ黒くなっていることです。この色の変化はエンディングにも見られるもので、なにかを示唆しているものと思われます。
私がひとつ、考察材料になるかなと目星を付けているのが、ブリッジズの制服の色です。のちほど説明がありますが、ブリッジズの制服は、オレンジが死体処理班、青が配達人、赤が医療スタッフ、そして黒は戦闘員用となっています。オレンジ色の死体処理班用スーツは、イゴール先輩をはじめ、サムものちほど義母の遺体を運ぶときに身にまとっています。青の配達人用スーツは、まさにサムの標準装備ですし、医療スタッフ用の赤もデッドマンが白衣ならぬ赤いコートをまとっていたのでわかります。でも、戦闘員って、作中その姿をあんまり目にした覚えがありません。でも、設定はあるんです。じゃあ、黒いドレスって、この意味合いなんじゃないかなと思うんです。
黒はそもそもビーチから流れてくる BT の色であり、おそらくあの世の海を満たしているタールの色でもあります。このシーンのアメリは、おそらくサムの世話をする家族や、つながることの尊さを説いて世界を救おうとしている聖女ではなく、世界を滅ぼそうとしている絶滅体の姿なんだと思います。
そんな顔を見せたあとに、アメリはサムのもとに駆け寄って、彼を抱きしめながら「戻ってきて、サム。あなたを待っている」と最後のダメ押しを決めます。気になるのはここでサムの接触恐怖症が発症していないところです。これは肉体を持たないアメリ相手だからか、あるいはサムのなにかしらの心理が働いているのかはナゾです。
ここら辺は女の駆け引き技だけでなく、アメリ自身も精神的に不安定になっている印象を受けるので、やはり彼女、あるいは母体のブリジットとしても、絶滅は不本意な運命で、回避したいものだったんじゃないかなと考えられます。そのためには、なんとしても人と人をつなぐ橋となる息子が必要だったので、必死だったんじゃないかなと私は感じます。
西海岸に「迎えに来て」じゃなくて、「戻ってきて」という表現はちょっと気になるところがあります。この場合だと「絆」を意識した「私のもとに戻ってきて」という意味合いなんでしょうか?
追記
このあと、古代エジプトの死生観を調べたんですが、アメリがビーチの夢のなかで「迎えに来て」ではなく、「戻って来て」と言っていたのは、冥界の王オシリスの死者の国が西の砂漠にあるとされていたことと関連があるんでしょうね。アメリはエッジ・ノットシティに捕われているという話ですが、実際に彼女がいるビーチも、オシリスのアアルの野がエジプトの西の砂漠に広がっているように、北米大陸の西にあると考えられます。サムはブリッジ・ベイビーとして一度死んだときにそこへ行っているので、アメリを西へ迎えに行くことは、戻ることになるんでしょう。
アメリはそれを言うと立ち上がって、いつぞやと同じようにサムに背を向けて海へと歩いていきます。沖へ向かって歩いていくというのは、三途の川を渡っていくみたいな、死に近い存在になることの示唆なんでしょうか。
思わず立ち上がってその背中を見つめたサムには、日の光をさえぎるアメリが立ち去ったことで、夕日のような赤い光がじかに差しています。
その光源は水平線上に浮かんだナゾの輝く天体でした。やがて光が強くなってサムの視界を奪います。
ところで、この天体、なんなんでしょうね? パッと見の燃え上がっている感じは太陽のような恒星を連想させます。この距離までこう大きく膨らんでいるということは、地球を飲み込む直前までガスが膨張しているんでしょうか? あるいは、これが逆に寿命を迎えた地球だととらえることもできると思います。アメリのビーチはどこか異次元という解釈で、下の海に沈んでいるところのどこかに北米大陸があって、空気溜りみたいなところでアメリカ市民はなんとか生き延びているけど、重力に引っ張られてビーチの水分が浸水してくるみたいに考えることもできるのかな?
そんな適当なことを書き連ねているあいだに、サムがプライベート・ルームで目を覚ましてしまいました。現実におかえり。
「待ってくれ!」とアメリに伸ばした手は、サムにとっては利き手であるほうの救済の手です。右手には先ほどの明晰夢で見たビーチの出来事と同じようにドリーム・キャッチャーが握られています。右手は、サムに言わせれば「束縛」の象徴となるブリッジズの手錠型端末が着けられているほうの手で、のちほどそれから BT の臍帯を切断するコード・カッターを取り出せるようになります。諸悪を懲らしめる剣を振るう右手に、ブリッジズとのつながりを示す手錠端末やドリーム・キャッチャーがあるということは、サムにとってはやっかいなしがらみでも、この物語で描かれるサムと人々の絆こそ、サムが振るう剣だという解釈もできるのかもしれません。実際、絶滅夢を防いでいるっぽいサムのドリーム・キャッチャーは、絶滅体からの影響を弾いているようなので、絶滅対策兵器として剣の役割は果たしていそうです。
サムは右手に持っていたドリーム・キャッチャーのひもを広げると、少し口角を上げて首にかけ直します。この次にきちんと装着する手錠端末については、あまりいい印象がないような口ぶりをしてきたサムですが、この表情を見るに、少なくともこちらのドリーム・キャッチャーについては好意的に見ているようです。それは、ひいては先ほどビーチで話があったアメリとのつながりに対する印象ととらえることもできます。
手錠端末をきっちり締めると起床の準備が整います。即座にダイハードマンから通信が入り、サムが「長いこと寝ていた」ことがわかります。サムがアメリのビーチの夢から目覚めて、めちゃくちゃ眠りこけていたことがわかる流れは以前にもありました。その際に、サムがだれかの作為を疑っているんですが、今回の流れも合わせると、やっぱりアメリの作為なんじゃないでしょうか?
目を覚ましたサムに、ダイハードマンはプライベート・ルームの機能を詳しく説明すると話します。ということで、次回はノーマン・リーダス鑑賞会場と化したプライベート・ルーム・ツアーをやります。